『子供の領分』(吉行淳之介)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2021/03/24 『子供の領分』(吉行淳之介), 作家別(や行), 吉行淳之介, 書評(か行)

『子供の領分』吉行 淳之介 番町書房 1975年12月1日初版


子供の領分 (集英社文庫)

吉行淳之介が亡くなって、既に20年が経ちました。

1954年、彼は『驟雨』という作品で芥川賞を受賞します。当時、吉行淳之介を含め遠藤周作、安岡章太郎といった同世代の作家たちは「第三の新人」と呼ばれ、本業の「純文学」は言うに及ばず、それとは別に、多くのユーモア小説やエッセイなどでも名を馳せ、その軽妙洒脱な語り口は大勢の読者を魅了したものです。

彼らが書いたその手の小説やエッセイ(主に文庫であったように思います)が書店の棚を埋め尽くすように並んでいた様子は、私が小説を読み出した時期と重なり、今でも鮮明な記憶として残っています。

加えて、吉行淳之介は群を抜いて優男でした。よくモテたのでした。どこか退廃的で物憂げな雰囲気を漂わせ、知的であるのに、そんな自分を隠すかのような、都会の空気を一身に纏ったその風貌がやたら格好良く見えたものです。

そんなイメージからは遙かに遠いのですが、子供を扱った小説もしっかり書いており、この 『子供の領分』 という本はその代表的な (少年文学) 作品であり、私の最も好きな吉行作品でもあります。

初版本は、1975年の発行。今から39年も前のことになります。さすがに私もまだよちよち歩きで、京都の古本屋で見つけたのは大学生になってからのことです。

あるとき、ごく親しい二人の友人が何気なくこんなやり取りをしていました。「吉行淳之介の子供の領分は良いな」「ああ、あれは確かに良いね」- 最初、私は二人が何のことを言っているのかさっぱり分かりませんでした。

それがこの本のことだと気付いた後も、(ある程度は吉行淳之介の小説を読んでいるつもりでいた私は) 素直に知らないとは言い出せず、内心大いに焦っていました。二人に気付かれぬ内に手に入れて、すぐにでも読まないことにはと、そればかりを考えていました。

「子供の領分」は小学5年生の同級生、少年Aと少年Bの話です。

AにとってBは、ほとんど唯一の友達と呼べる存在でした。Bの家は路地の中の貧民窟にある棟割長屋。一方、Aの家は商店街と屋敷町に挟まれた坂の途中にあります。Aは、子供心にBの家が貧乏なことをちゃんと分かっています。

AはBを喜ばせようと、知り合いの犬屋 (多くの犬を預かり世話をしている家) へ行こうと誘います。Bは一度は行くと言いながら、結局は行くのを断ってしまいます。

祖母に話すと「それはきっと電車賃がないからじゃないのか。電車賃のことは心配しなくていい、そう言って誘ってごらん」と諭されて、Aは祖母の言うことが正しいと思います。

犬屋で出された塩センベイと白い飴のやり取り。黒い犬が走り寄ってきた時のこと。帰りの電車の切符をBに差し出した時のこと・・・・・・・

犬屋へ行った翌日も、二人はいつも遊び場にしている塀の上で遊びます。地面から離れた場所では、今度はBが勇者です。AはBの離れ業に心から感嘆し、BもAに対して余計な遠慮は一切しません。

かといって塀の上でBは威張るわけではなく、Aに対する気遣いは忘れていません。地上と塀の上で、二人の関係は丁度具合よく保たれているのでした。二人が遊ぶ場面は、このあとラストの雀の仔のエピソードまで続きます。

短い話で、私は何度も読み返すのですが、その度、胸が詰まって泣きそうになります。Aの気遣い、Bの気おくれと気負いが痛いほど伝わってくるからです。そして、少年の心を切なく揺らす原因が決して彼ら自身にはなく、生まれる前からの否応のない運命だと(わが身に代えて)感じるからです。

生まれた瞬間に定められた運命を健気に受け入れて、懸命にバランスを保とうとする少年たちに、つい自分を置き換えてしまうからです。

無駄のない分量と的確な心情描写。敢えて名前を付けず、少年をAとBで表現したことが内容の普遍性をさらに高める効果となっているようにも感じます。今読んでもまるで古さとは無縁の、時代を超えた傑作だと思います。

参考:番町書房版と集英社文庫版とは掲載作品の数と並びが異なっています。番町書房では12編、集英社文庫は3編少なく9編の構成です。集英社文庫版では作品の並びも替えられており、主人公の成長に従って読み進めることができます。

この本を読んでみてください係数 95/100


子供の領分 (集英社文庫)

◆吉行 淳之介

1924年−1994年 岡山県岡山市出身。死没時は東京都中央区。

東京大学英文科除籍。

作品 「驟雨」「原色の街」「すれすれ」「闇の中の祝祭」「砂の上の植物群」「不意の出来事」「暗室」「鞄の中身」「童謡」「「夕暮れまで」「目玉」他多数

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