『パリ行ったことないの』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/11
『パリ行ったことないの』(山内マリコ), 作家別(や行), 山内マリコ, 書評(は行)
『パリ行ったことないの』山内 マリコ 集英社文庫 2017年4月25日第一刷
女性たちの憧れの街〈パリ〉。ずっとパリに行くことを夢見ていながら、臆病すぎて一度も海外に行ったことのなかったあゆこ。35歳になった彼女はある映画に惹かれ、ついに渡航の決意をかためる。年齢も境遇もさまざまな10人の女性たちが、パリへの想いを通して結び付き、やがて思わぬところで邂逅することに - 。11の掌編が花束のように束ねられ、特別な旅へ導かれる、大人のおとぎ話。◎解説 カヒミ カリィ(集英社文庫)
雑誌『フィガロジャポン』での連載に書き下ろし1篇をまとめた短篇集。パリに憧れる女性たちが「パリへ行こう」と思い、行く決心をするところまでを描いているのが第一部。掌編が11話あります。そしてその後を描いた第二部「わたしはエトランゼ」へと続きます。
「猫いるし」(第一部第一話)
あゆこは大学院を卒業した年からもう十年の間、『フィガロジャポン』を定期購読しているというのに、パリに行ったことがない。パリどころかそもそも、一度も海外旅行をしたことがなかった。
そのことを話すと、人は大抵ぎょっとします。だから相手がそういったお決まりの反応を見せる前に、あゆこはいつもこう言って先手を打ちます。
「猫飼ってるから」
そう言うと彼らは簡単に納得し、概ね、「いいな。あたしも猫飼いたいな」などと羨ましげに返すのですが、すぐに「でもうちは猫飼えないんだ」と続けます。
そのロジックは、あゆこにとっての海外旅行とまるっきり同じだ。
「行ってみたいとは思ってるけど行けないの、猫いるし」 その言い訳めいた言葉が、あゆこの中にある種の後ろめたさとなって、静かに積もっていく。
- って、どうです?
パリがどうこうという前に、あゆこが感じた〈ある種の後ろめたさ〉に対して - 他にもあるであろうその手の後悔や、自分に向けてする見え透いた弁明に、あなたは(あなたも)、もしや、激しく頷いてなどいないでしょうか?
大学院まで出たものの、思うような職にも就けていない。いまは予備校の講師として高校生に英語を教えているが、それだけでは食べていけないので翻訳の仕事も知人に回してもらっている。もちろん文学作品なんて立派なものじゃなくて、もっとずっと退屈な、事務的なやつだ。細切れの仕事で余暇時間は奪われ、楽しみといえば眠る前のわずかなひとときだけ。
パジャマに着替えてシングルサイズのベッドに入り、パリのガイドブックをめくるのが、すっかり習慣になっている。行く当てもないのに購入したガイドブックは数年で情報が古くなるので、改訂版を見つけてはしょっちゅう本屋で買い直している。(本文より)
そして、あゆこの中にはどんどん、まるっきり役に立たないパリの知識だけが蓄積されていきます。当然のように、彼女は頻繁にパリの夢を見ます。夢の中では細部まではっきりとそこはパリであり、目が覚めた後もその感触はありありと彼女の中に残ります。
あゆこの中でパリはどこか「架空の都市」のような存在で、夢の中で彼女はもう何度も、セレクトショップのコレットを訪れ、シェイクスピア・アンド・カンパニー書店ではすっかり馴染みの客になっています。
そうして夢から醒めると枕元には飼い猫が丸くなって、あゆこはふあふあと幸せな心地がします。それはとてもとても満ち足りた気分で、
だからパリ、別に行かなくてもいいの。 この時はまだ、あゆこはそんな思いでいます。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆山内 マリコ
1980年富山県富山市生まれ。
大阪芸術大学映像学科卒業。
作品 「アズミ・ハルコは行方不明」「ここは退屈迎えに来て」「さみしくなったら名前を呼んで」「かわいい結婚」など
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