『ハリガネムシ』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2017/03/03 『ハリガネムシ』(吉村萬壱), 作家別(や行), 吉村萬壱, 書評(は行)

『ハリガネムシ』吉村 萬壱 文芸春秋 2003年8月31日第一刷


ハリガネムシ (文春文庫)

 

ボップ調の明るい装丁から受けるイメージとはまるで中身が違います。皆さんは、吉村萬壱という作家をご存じでしょうか? 彼はこの小説で芥川賞を受賞しているのですが、如何にも「芥川賞らしい」小説で、万人受けするとは到底思えないような内容です。

題名の「ハリガネムシ」とは、主人公の心象を表現する際の具体的なイメージとして語られているのですが、伏線として、冒頭にひとつのエピソードが用意されています。

中岡慎一は、25歳の教師。高校で倫理を教えています。ある日、慎一がアパートで居眠りをしていると、鼻の上で針金のような物が動いているのが見えます。驚いて振り払うと、それは5センチ程のカマキリなのでした。

捕まえたカマキリをコップから出して指を弾くと、ちぎれた頭の首なしの部分から細い糸を垂らしながら踊るようにもがいています。仕方なくカマキリを新聞紙で掴んで握り潰すと、尻から真っ黒いハリガネムシが悶え出てきて、慎一はぎょっとします。

 

半年前に行ったソープでたまたま慎一の相手をしたサチコから、ある日突然電話がかかってきます。慎一は、サチコが聞くに任せて電話番号を教えていたのでした。サチコは慎一のアパートに転がり込むのですが、この女がひどい。シャブは打つわ、酒はあるだけ飲んで、夜は慎一と情交の毎日です。

彼女は勝手気ままなどうしようもない女なのですが、慎一は敢えて出て行けとは言いません。彼にしてみれば躰が自由になる女を得たわけで、その分慎一の生活は徐々に投げやりなものになっていきます。

聞くとサチコの夫は服役中で、二人の息子は故郷の四国で施設に預けたままだといいます。サチコは、慎一に向かって四国旅行へ行こうと誘います。

サチコは、施設に許可を得て二人の息子を連れ出します。しかし、施設に戻した後のサチコは抜け殻みたいで、帰りのラブホテルで彼女は自殺をしようとします。

安全剃刀で左腕の真ん中辺りが一文字に大きく裂けたのですが、病院へ行くことを頑固に拒むサチコに、慎一は裁縫セットの針と糸を使って傷口を縫合しようとします。麻酔の代わりにウィスキーを飲ませ、四肢を縛り上げると馬乗りになって押さえつけ、縫い針を傷の両脇の皮膚に突き刺します。

しかしそんなことは上手く行くはずもなく、縫い付けた黒糸はジグザグに折れ曲がり、縫い痕は次第に幼児の殴り書きのようになっていきます。

その時です。慎一は「こういう事がしてみたかったのだ」と初めて気付きます。人間の肉体を思い通りに切り刻みたいという欲望を、ハリガネムシのように体の中に飼っていたらしい・・・・。慎一は、自分に潜んでいた破壊願望をその時はっきりと知るのです。

慎一は興奮し、糸で縛られてハムのようになった傷口に人差し指を突っ込んでねじ回しながら、猛然と自慰を始めます。

これは、慎一の狂気のほんの一場面のことです。見境なくはしゃいでは躰を開くサチコ、無節操で教養もなく容姿も見劣りするサチコに対して、慎一は箍の外れた欲望と強い嫌悪感を同時に感じ取っていたのです。この後、ラストに向けて更なる修羅場が用意されています。吉村萬壱は、人の内なる欲望や衝動に真っ向から対峙し、目を背けたくなるほどの醜さを、迷いなく書いてみせたのだと思います。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


ハリガネムシ (文春文庫)

◆吉村 萬壱(本名:吉村浩一)

1961年愛媛県松山市生まれ。大阪府大阪市・枚方市育ち。

京都教育大学教育学部第一社会科学科卒業。

作品 「クチュクチュバーン」「バースト・ゾーン」「ヤイトスエッド」「独居45」「ボラード病」など

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『ペインレス あなたの愛を殺して 下』(天童荒太)_書評という名の読書感想文

『ペインレス あなたの愛を殺して 下』天童 荒太 新潮文庫 2021年3月1日発行 ペインレ

記事を読む

『ほどけるとける』(大島真寿美)_彼女がまだ何者でもない頃の話

『ほどけるとける』大島 真寿美 角川文庫 2019年12月25日初版 ほどけるとける (角川

記事を読む

『八月は冷たい城』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『八月は冷たい城』恩田 陸 講談社タイガ 2018年10月22日第一刷 八月は冷たい城 (講

記事を読む

『本性』(黒木渚)_書評という名の読書感想文

『本性』黒木 渚 講談社文庫 2020年12月15日第1刷 本性 (講談社文庫) 異常

記事を読む

『星々たち』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『星々たち』桜木 紫乃 実業之日本社 2014年6月4日初版 星々たち この小説は、実母の咲子と

記事を読む

『JR高田馬場駅戸山口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR高田馬場駅戸山口』柳 美里 河出文庫 2021年3月20日新装版初版 JR高田馬場駅戸

記事を読む

『ホワイトラビット』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文

『ホワイトラビット』伊坂 幸太郎 新潮文庫 2020年7月1日発行 ホワイトラビット(新潮文

記事を読む

『放課後の音符(キイノート)』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『放課後の音符(キイノート)』山田 詠美 新潮文庫 1995年3月1日第一刷 放課後の音符(キ

記事を読む

『賢者の愛』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『賢者の愛』山田 詠美 中公文庫 2018年1月25日初版 賢者の愛 (中公文庫) 高中真由

記事を読む

『子供の領分』(吉行淳之介)_書評という名の読書感想文

『子供の領分』吉行 淳之介 番町書房 1975年12月1日初版 子供の領分 (集英社文庫) 吉行

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『5時過ぎランチ』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『5時過ぎランチ』羽田 圭介 実業之日本社文庫 2021年10月15

『きみはだれかのどうでもいい人』(伊藤朱里)_書評という名の読書感想文

『きみはだれかのどうでもいい人』伊藤 朱里 小学館文庫 2021年9

『はるか/HAL – CA』(宿野かほる)_書評という名の読書感想文

『はるか/HAL - CA』宿野 かほる 新潮文庫 2021年10月

『変な家』(雨穴)_書評という名の読書感想文

『変な家』雨穴 飛鳥新社 2021年9月10日第8刷発行 変な

『でえれえ、やっちもねえ』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『でえれえ、やっちもねえ』岩井 志麻子 角川ホラー文庫 2021年6

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑