『ノースライト』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文

『ノースライト』横山 秀夫 新潮社 2019年2月28日発行

ノースライト

一家はどこへ消えたのか?
空虚な家になぜ一脚の椅子だけが残されていたのか?

一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新しい自宅を前に、あんなに喜んでいたのに・・・・・・・。Y邸は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただ一つ、浅間山を望むように置かれた 「タウトの椅子」 を除けば・・・・・・・。このY邸でいったい何が起きたのか?(新潮社)

帯に、横山ミステリー史上、最も美しい謎。熱く込み上げる感動 『64』 から六年 待望の長編ミステリー、とあります。

警察小説の名手・横山秀夫が手掛けた平成最後のミステリーは、1級建築士が主人公。建築家ではなく、建築家を名乗ることにためらいのある 「建築士」 の内面世界が克明に描き出されています。幾度もの挫折の果てに、彼が得たものとは一体何だったのでしょう?

主人公の青瀬稔が設計したY邸は建築雑誌にも取り上げられた会心作。しかし、引っ越してきたはずの施主一家は一度も住まぬまま行方不明になり、無人の家には1脚の椅子だけが残されていたのでした。

施主(の家族) に何があったのか? ぽつんと残る 「椅子」 の意味とは? 自身の家族や 「家」 への葛藤を抱える青瀬が施主一家の行方を追い、「タウトの椅子」 の謎に迫っていく過程で、やがて思いもしない真実が明らかになっていきます。

鍵となる群馬県ゆかりの建築家、ブルーノ・タウトは主人公の合わせ鏡のような存在。所沢、熱海、少林山などの場所が実名で登場し、ダム建設やバブルの時代が象徴的に描かれている。(2019.2.22/上毛新聞の記事より)

建築物に関わる知見もさることながら、読むべきは、かつてあった昭和という時代と、その時代を生き抜いた人々が遺した確かな軌跡 = 家族、あるいは子供、その “カタチ” にこそあるのだろうと思います。

主人公の青瀬稔にも、彼が働く設計事務所の所長・岡島昭彦にも。そして、施主となって青瀬の前に現れた 「吉野陶太」 という人物にも等しく同様に。

特筆して描かれているのは、青瀬の幼い日の記憶と、後に明かされる施主・吉野陶太のそれです。二人が知り合っていたということではありません。互いの出自は、まるで違っています。

岡島昭彦を含むそれぞれに共通するものは、Y邸とタウトの椅子に絡む謎とは別のところにあります。三人は現在、順風満帆に生きているわけではありません。仕事とは別に、それぞれは、人として大きな不安を抱えています。

青瀬は、既に離婚しています。妻だったゆかりとは喧嘩別れしたわけではありません。むしろ仲が良かった故に、当時彼女が願ったことは青瀬をひどく傷付けたのでした。互いを思い、合意の上での事でした。月に一度、彼は一人娘の日向子と会うのを何より楽しみにしています。

ある意味、最も辛い状況にいるのは岡島かもしれません。岡島には妻がおり、一人息子の一創がいます。しかし、妻とはとうの昔に心が離れ、息子一人を拠りどころにしています。その息子について妻には隠し事があり、隠し事が何であるかを、実は彼は知っています。

吉野陶太もまた - 人に言えないある事情を抱えています。してきた努力は結果報われず今があるのは、何が悪かったのでしょう? どこが間違っていたのでしょう・・・・・・・

その答えの全てが、無人のY邸にあり、1脚の 「タウトの椅子」 にあります。

この本を読んでみてください係数 85/100

ノースライト

◆横山 秀夫
1957年東京生まれ。
国際商科大学(現・東京国際大学)商学部卒業。

作品 「ルパンの消息」「陰の季節」「動機」「半落ち」「64(ロクヨン)」「深追い」「第三の時効」「真相」「クライマーズ・ハイ」「影踏み」「看守眼」「震度0」他多数

関連記事

『ブルーもしくはブルー』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『ブルーもしくはブルー』山本 文緒 角川文庫 2021年5月25日改版初版発行 ブルーもしく

記事を読む

『夏と花火と私の死体』(乙一)_書評という名の読書感想文

『夏と花火と私の死体』乙一 集英社文庫 2000年5月25日第一刷 夏と花火と私の死体 (集英

記事を読む

『夫の骨』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『夫の骨』矢樹 純 祥伝社文庫 2019年4月20日初版 夫の骨 (祥伝社文庫) 昨年

記事を読む

『いつか深い穴に落ちるまで』(山野辺太郎)_書評という名の読書感想文

『いつか深い穴に落ちるまで』山野辺 太郎 河出書房新社 2018年11月30日初版 いつか深

記事を読む

『二十歳の原点』(高野悦子)_書評という名の読書感想文

『二十歳の原点』高野 悦子 新潮文庫 1979年5月25日発行 二十歳の原点 (新潮文庫)

記事を読む

『ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー』山田 詠美 幻冬舎文庫 1997年6月25日初版 ソウ

記事を読む

『眠れない夜は体を脱いで』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『眠れない夜は体を脱いで』彩瀬 まる 中公文庫 2020年10月25日初版 眠れない夜は体を

記事を読む

『けむたい後輩』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『けむたい後輩』柚木 麻子 幻冬舎文庫 2014年12月5日初版 けむたい後輩 &nbs

記事を読む

『ボトルネック』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『ボトルネック』米澤 穂信 新潮文庫 2009年10月1日発行 ボトルネック (新潮文庫)

記事を読む

『寝ても覚めても』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『寝ても覚めても』柴崎 友香 河出文庫 2014年5月20日初版 寝ても覚めても (河出文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『夜に星を放つ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『夜に星を放つ』窪 美澄 文藝春秋 2022年7月30日第2刷発行

『生命式』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『生命式』村田 沙耶香 河出文庫 2022年5月20日初版発行

『中尉』(古処誠二)_書評という名の読書感想文

『中尉』古処 誠二 角川文庫 2017年7月25日初版発行

『犬のかたちをしているもの』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『犬のかたちをしているもの』高瀬 隼子 集英社文庫 2022年9月1

『殺人者』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『殺人者』望月 諒子 新潮文庫 2022年11月1日発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑