『悪と仮面のルール』(中村文則)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『悪と仮面のルール』(中村文則), 中村文則, 作家別(な行), 書評(あ行)
『悪と仮面のルール』中村 文則 講談社文庫 2013年10月16日第一刷
父から「悪の欠片」として育てられることになった僕は、「邪」の家系を絶つため父の殺害を決意する。それは、すべて屋敷に引き取られた養女・香織のためだった。十数年後、顔を変え、他人の身分を手に入れた僕は、居場所がわからなくなっていた香織の調査を探偵に依頼する。街ではテログループ「JL」が爆発騒ぎを起こし、政治家を狙った連続殺人事件に発展。僕の周りには刑事がうろつき始める。しかも、香織には過去の繰り返しのように、巨大な悪の影がつきまとっていた。それは、絶ったはずの家系の男だった - 。刑事、探偵、テログループ、邪の家系・・・世界の悪を超えようとする青年の疾走を描く。芥川賞作家が挑む渾身の書き下ろしサスペンス長編。新たなる、決定的代表作。(「BOOK」データベースより)
中村文則の文庫には、「解説」がありません。その代りに必ずあるのが、「文庫解説にかえて」と題した本人からのメッセージです。その冒頭に、この小説の世界観を表するものとしてこんな文章が記してあります。(作中にある文章です)
いつまでも乾かぬ泥濘の邪念の種子は、やがてしかるべき無意識と因の反復により、生い育ちながら各地でうごめく。
「悪が発生する現象が、時代や場所を超え、この世界の中で頻出する。それが因のようなもので結ばれていたとしたら、という世界」を現出させんが為に、中村文則は、「悪」に魅入られ「悪」の虜となって生きる人物(久喜捷三や久喜幹彦、さらには伊藤亮祐)を準備します。
そして、あらかじめ定められた、自らの運命(のようなもの)に「中」から作用しようとする一人の人間を描き出す - これが物語の出発点です。
「中」にいて、早くにその予兆に気付き、決して逃れられないと告げられた「地獄」から這い出そうとするのが主人公の久喜文宏で、彼は、完璧な整形で自分の顔を他人のそれに変え、「自分」を内面の中だけに隠し、外界からはその存在を消滅させてしまいます。
そうまでして文宏が為そうとしたことは、何だったのか。例えば - 人を殺すとはどういうことなのか。彼は自らにそう問いかけます。人を殺すことはどのような場合でも悪だろうか。自分の人生と自分にとって重要な他者の人生を、決定的に損なおうとする人間を殺すことは、本当に悪なのだろうかと。
そして、文宏はこう考えます。力のある狂人から自分達を守るためには、何らかの「ルール違反」をしなければならないのではないだろうか。たとえ世界が否定し、彼を悪だと言ったとしても - 悪で構わない。正しくなくて構わない - と文宏は思うのでした。
・・・・・・・・・・
分かり難いと思いますが、まとめると - 根源的な「悪」の在り処を問い、その「悪」に対して人はどう立ち向かうべきなのか、立ち向かった先に本来あるべきはずの未来があるのか、無いのか・・・それらを知ろうとして、この物語は書かれたのだと思います。
文宏は、当時11歳の少年です。父・捷三にとっては6番目の子供で、文宏と他の兄姉とはずいぶん歳が離れています。捷三は久喜家の当主であると同時に、今は引退して会長となっていますが、多くの関連会社を束ねる久喜グループのリーダーだった人物です。
香織という少女が初めて久喜家の屋敷に来たとき、文宏を書斎に呼びつけて、「今から、お前の人生において重要なことを話す」- そう捷三が告げるところから話は始まります。
捷三が息子である文宏に向かって言ったのは - まるで悪魔の言う呪いのようで、およそ親が子に言うはずのない、狂気の上でとしか思えないようなことです。捷三はまず、文宏が14歳になった時、「お前に地獄を見せる」と言います。
それは、この世界を否定したくなるような地獄。無残で、圧倒的な地獄だと言います。さらに15歳の時に一度、16歳で二度の地獄を見せ、18歳になった時に「お前の存在に関するもう一つの真実を知ることになる」と続け、「全ては決定されたこと」だと言います。
「この世界に、一つの『邪』を残すためだ。お前は私の手により、一つの『邪』になる。悪の欠片といってもいい」と言い、なぜそれが文宏であるべきかという理由について、捷三はさらに綿々と語り続けるのでした。
香織は、捷三が児童養護施設から引き取った娘です。香織と文宏は同い年で、同じ学校に通うことになります。屋敷で一緒に暮らすうち、2人は互いを好きになり、やがて文宏にとっての香織は、誰より守るべき大切な人になって行きます。
しかし、あるとき捷三と香織の間にある秘密を知った文宏は、かつて捷三から聞かされたことを思い出します。文宏が「地獄」を見るという時、香織こそが重要な役割を果たすのだと捷三は言ったのです。そのために親密になれ、とも言いました。
文宏が味わう地獄で、香織が重要な役割・・・文宏はおぼろ気ながらに捷三がしようとしていることに気付き、捷三が狂っているのを確信します。このとき、実は以前から考えていたことではあったのですが、改めて文宏は、捷三を殺してしまえばいいと思うのです。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆中村 文則
1977年愛知県東海市生まれ。
福島大学行政社会学部応用社会学科卒業。
作品 「銃」「遮光」「悪意の手記」「迷宮」「土の中の子供」「王国」「掏摸〈スリ〉」「何もかも憂鬱な夜に」「最後の命」「去年の冬、きみと別れ」他多数
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