『毒島刑事最後の事件』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『毒島刑事最後の事件』中山 七里 幻冬舎文庫 2022年10月10日初版発行

大人気作家刑事毒島シリーズ第二弾! 歪んだ犯罪者VSさらに歪んだ刑事 作家になる前、毒島は最恐の刑事だった - 。

皇居周辺で二人の男が射殺された。世間が 〈大手町のテロリスト〉 と騒ぐ中、警視庁一の検挙率を誇る毒島は殺人犯を嘲笑。犯罪者を毒舌で追い詰めることが生きがいの彼は 「チンケな犯人」 と挑発し、頭脳戦を仕掛ける - 。出版社の連続爆破、女性を狙った硫酸攻撃。事件の裏に潜む 〈教授〉 とは何者なのか? 人間の罪と業を暴く、痛快ミステリ! 解説・芦沢 央 (幻冬舎文庫)

[目次]
一 不倶戴天|この世に共存できない、どうしても許せないと思うほど深く恨むこと。
二 伏竜鳳雛|まだ世に知られていない大人物と有能な若者のたとえ。
三 優勝劣敗|すぐれたものが勝ち、劣ったものが負けること。
四 奸佞邪知|心がねじ曲がっていてよこしまなさま。
五 自業自得|自分の行いの結果を自分が受けること。

そのうち段々と考えざるを得なくなります。では読んでいる 「お前はどうなんだ」 と。

その自信は一体どこから来るのだと。沸き立つ嫉妬の、理由は何なのだと。問い詰められているような、見透かされているような。全部がこっちに向けて言われているような、そんな気がしてきます。

『毒島刑事最後の事件』 は、『作家刑事毒島』 に続くシリーズ第二作として刊行された作品だ。
一作目は、元刑事で現役ミステリ作家の毒島真理のもとに舞い込んだ出版業界にまつわる様々な事件を描く短編集だったが、本作は 「毒島がなぜ刑事を辞めてミステリ作家になったのか」 という、いわゆる 「エピソード・ゼロ」 を扱った過去編である。

この当時は現役の刑事であるから、捜査に関わる事件は出版業界にまつわるものに限らない。
しかし、どの話にも 「承認欲求をこじらせた人たち」 が登場するという点が一作目と共通している。

毒島が叩きのめすのは、同情しうる要素が削ぎ落され、わかりやすく叩ける場所を剥き出しにした 「悪人」 たちばかりだ。

だから読み手は、相手の弱味を徹底的に突いて自我を崩壊させる毒島の言動を痛快に感じる。
読み手という安全地帯から、「サンドバッグ」 になった作中の登場人物を嗤い、見下し、その破滅を悦ぶことができる。

それは、容疑者に対し 「客観視できない」 と言い放ち、偏見ではないかと指摘されると 「偏見じゃなくて統計と傾向」 と反論する毒島が、彼らを叩く 「正当性」 を理論武装してくれるからだ。

しかし・・・・、である。

読み手が拠り所にしていた 客観的な正当性が揺らいだとき、爽快感は居心地の悪さに変わる。
肥大化した自意識と他罰的思考、現実を客観視できずに承認欲求をこじらせた登場人物たちを嗤い、見下し、その破滅を悦ぶこと自体が、彼らの相似形を成してしまう事実を突きつけられるのだ。
そして、この 相似形は毒島と黒幕との間にも明示されている。(解説より/芦沢央)

お解りいただけるでしょうか。毒島がなぜ天職とも言える刑事の職を辞したのか? その理由が、ここにあります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。

作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「連続殺人鬼カエル男」「護られなかった者たちへ」他多数

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