『心淋し川』(西條奈加)_書評という名の読書感想文

『心淋し川』西條 奈加 集英社文庫 2023年9月25日 第1刷

誰の心にも淀みはある。でも、それが、人ってもんでね」 江戸の片隅、どぶ川沿いで懸命に生きる人々の哀しみと喜びが織りなす感動連作。

江戸、千駄木町の一角を流れる、小さく淀んだ心淋し川。そこで生きる人々も、人生という川のどん詰まりでもがいていた - 。悪戯心から張形に仏像を彫りだした、年増で不美人な妾のりき。根津権現で出会った子供の口ずさむ唄に、かつて手酷く捨てた女のことを思い出す飯屋の与吾蔵。苦い過去を隠し、長屋の住人の世話を焼く差配の茂十・・・・・・・。彼らの切なる願いが胸に深く沁みる、第164回直木賞受賞作。(集英社文庫)

文庫が出たので、待ってましたとばかりに買いに行きました。著者の、何を知っていたわけでもありません。初読で、しかし気にはなっていました。直木賞受賞作ですから、(読んで) よくないはずがありません。

『心淋し川』 は、市井物の連作短篇集だ。

物語の舞台は、江戸は千駄木町の一角にある心町 (うらまち)。もとは裏町だったのだろうが、いつの間にか心町になった。誰かが裏を心と洒落て、それが定着したのかもしれない。小さな川が流れていて、その両側に立ち腐れたような長屋が四つ五つ固まっている、人生の吹き溜まりのような場所だ。しかし、そんな所でも人は、懸命に生きている。作者は、そんな人々の人生を見つめている。

冒頭の 「心淋し川」 の主人公は、十九歳のちほ。父親は酒好きで仕事が長続きせず、一緒に針仕事をしている母親は、愚痴を零しまくっている。かつて一緒に暮らしていた姉は、鮨売りをしていた男の女房になり家を出た。どん詰まりで燻ぶるような日々に不満を抱いているちほ。だが、針仕事の出入り先で知り合った上絵師の男と、付き合うようになる。男と一緒になって、家を出ることを夢見るのだが・・・・・・・。(後略)

なお心町には、ちほが子供の頃に差配になった茂十がいる。心川 (うらかわ) と呼ばれる近くを流れる川の、本当の名称が “心淋し川“ だと聞いた茂十は、その名に惹かれて差配を引き受けたそうだ。このことを口にした茂十にちほは、「趣があるのは名ばかりで、汚い溜まりだと知ってがっかりしたでしょ? 」 という。しかし彼は、

「いや、そんなことはないよ。誰の心にも淀みはある。事々を流しちまった方がよほど楽なのに、こんなふうに物寂しく溜め込んじまう。でも、それが、人ってもんでね」

と答えるのだ。(以下略/解説より)

[目次]
心淋し川 (うらさびしがわ)
閨仏
はじめましょ
冬虫夏草
明けぬ里
灰の男

※中で特に印象深かったのは、「閨仏」 と 「冬虫夏草」 でしょうか。それと、全作品に登場する差配の茂十という人物。世話好きで、とても気の付くよい男 - として描かれていますが、最後に、彼が差配になった本当の理由、誰も知らない彼の正体が明かされます。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆西條 奈加
1964年北海道中川郡池田町生まれ。
東京英語専門学校卒業。

作品 「金春屋ゴメス」「涅槃の雪」「まるまるの毬」「うさぎ玉ほろほろ」「とりどりみどり」「隠居おてだま」「金春屋ゴメス 因果の刀」他

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