『インストール』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/11/07
『インストール』(綿矢りさ), 作家別(わ行), 書評(あ行), 綿矢りさ
『インストール』綿矢 りさ 河出書房新社 2001年11月20日初版
この小説が文藝賞を受賞したときは、それはそれは大騒ぎで、たくさんのニュースになりました。なにせ17歳の女子高生の受賞ですから、話題にならないはずがありません。しかも、(書いた女子高生の) ビジュアルがいいとなれば、尚のこと世間は放っておきません。
当時、私はそれが鼻持ちなりませんでした。あまりなもてはやされぶりが気に食わず、たかが高校生の小娘が書く小説なんぞ読んでなるものか、たいして中身のないものに違いないとたかを括っていました。
お恥ずかしいことですが、これ、完全にいわれのない嫉妬です。何の取り柄もない中年おやじが、年端もいかない少女の才能を認めたくないあまりに、わざと目を背けていただけでした。今思えば、なんと情けない、なんと心の狭いことでしょう。大きな才能を永遠に見誤るところでした。
・・・・・・・・・・・・・・
高校3年生の女子・野田朝子 (17歳) と小学6年生の男子・青木かずよし (12歳) は、あることをきっかけに、風俗チャットの 「共同仕掛け人」 として仕事を始めることになります。
人生に疲れ、受験戦争から離脱した朝子は、現在登校拒否の真っ最中。心機一転、部屋の物をすべて捨てようと思って持ち出した中に、祖父から貰ったパソコンがあり、その壊れたパソコンを欲しいと言ったのがかずよしでした。
パソコンは、壊れてなどいませんでした。朝子が操作の方法を知らなかっただけで、かずよしはいとも容易く立ち上げてみせます。彼曰く 「インストールし直しただけ」 で、古びたパソコンはあっさり起動し始めます。それがもとで、共同作業はスタートします。
かずよしはかなりマセた小学生で、パソコンの操作は手慣れたもので、いやにクールで、メル友は子持ちの主婦でした。メールをするときのかずよしは、自分を 「かなこ」 と名乗っています。いわゆる 〈ネカマ〉 で、女言葉にも精通している恐るべき小学生でした。
子持ちの主婦は 〈雅〉 と名乗る風俗嬢。元々はかずよしが 〈雅〉 に勧められたもので、彼女の身代わりとなってネット上の顧客とHな会話をすること - それが2人の仕事でした。
※思いもよらぬバイトをしてみないかと言われた時の、朝子の心境。
興味はある、が、私はやはり、自分の若さを気にしていた。女子高生17歳、肉体みずみずしく、良くも悪くもマスコミにもてはやされている旬の時期である。そんな短い青春の時間に何故、学校へ行かず、代わりに何やら不審な子供と手を組んで人妻に化け、軽い売春行為にいそしまなければならないのか。
私はどれだけ眠らなくてもへっちゃらの強い身体と、歴史上に存在する何百人もの偉人達の名をすべて記憶できる新鮮な脳ミソを持っているのだ。それだけの最高素材をこの押し入れの中に閉じ込めてしまうチャット嬢になるという行為は、つまりこれこそ、私が今の大切な時期に最も切り捨てたいと思っていた 〈無駄〉 である。道の踏み外しである。
朝子は 「旬は旬なりの」 決断を下さねばならないと考えます。
と、ここまでが思いっきりの 〈前フリ〉 で、かずよしが 「嫌、ですか?」 と伏目がちに訊ねると、彼女はいともすんなり、「やらせていただきます」と答えます。口が勝手にそう動いたのでした。
チャットでの実際のやり取りは、こんな感じでなされます。朝子は朝子ではなく、あくまで 〈雅〉 として顧客の相手をしています。
のりひろ> 突然やけど聞かせてもらう みやびが一番感じるトコってどこ!?
みやび> あのね、あそこの、でっぱったところ。
のりひろ> クリトリス?
みやび> やあだ
のりひろ> クリトリス
そして、17歳の少女は (死ぬほど恥ずかしい思いを振り切って) 正直にこう書きます。
ぬれた。一つHな言葉を書かれるたびに、一つHな言葉を書くたびに、下半身が熱くたぎって崩れ落ちそうになり、パンツが湿った。
朝子は、会話の内容に感じるというより、自分が今やっていることの不健康さに感じてしまうのでした。
昼間に、他人の家の押し入れの中で、制服を着たままエロチャットに励む17歳の女子高生と、それを冷静に見守る12歳の小学生。彼らはこの先、どこへ向かって行くのでしょう。参考までに書き添えますが、彼らは不良でも何でもありません。聡明で、むしろ健全、と言っていいかもしれません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆綿矢 りさ
1984年京都府京都市左京区生まれ。
早稲田大学教育学部国語国文科卒業。
作品 「夢を与える」「蹴りたい背中」「憤死」「勝手にふるえてろ」「かわいそうだね?」「ひらいて」「しょうがの味は熱い」「大地のゲーム」など
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