『あなたが殺したのは誰』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『あなたが殺したのは誰』まさき としか 小学館文庫 2024年2月11日 初版第1刷発行

累計50万部突破の大ベストセラー!あの日、君は何をした』 『彼女が最後に見たものは に続く、三ツ矢&田所刑事シリーズ第3弾。 

抗えぬ生と死を圧倒的なスケールで描く、著者の最高到達点

中野区のマンションの一室で若い女性が頭部を殴打され、意識不明の状態で発見される。永澤美衣紗という名の彼女はシングルマザーで、10ヵ月の娘、しずくは連れ去られる。現場には 「私は人殺しです。」 と書かれた便箋が残されていた。

時は遡り、1990年代初頭。北海道の鐘尻島では巨大リゾート 「リンリン村」 の建設が頓挫し、老舗料亭 「帰楽亭」 の息子、小寺陽介は将来に不安を感じていた。多額の借金をして別邸を建てた父は大丈夫なのか。そんな折、リンリン村の鉄塔で首つり死体が発見される。バブルに翻弄される離島と現在の東京。二点を貫く事件の驚くべき真相とは。(小学館)

物語は、時と場所を変え、二つ並行して進行します。いずれ二つは一つになりますが、その過程において、予期せぬ偶然や致命的な勘違いが重なって、結果、仕向けられた意図や仕掛けられた罠に唖然とし、心に深い傷だけが残ります。

現在進行形の事件捜査と過去の出来事とが交互に語られていく。読者の関心は、二つの叙述がどこで交わるかということに向けられるだろう。そこに至るまでには多くの人間が登場し、さまざまな人生模様が描かれる。現在と過去、いずれの物語も緊迫感に満ち、いささかも間延びすることがないので、読者はあっという間にページをめくらされてしまう。

合流点に到達するころには、おぼろげながら事件の全貌が見えてきているはずである。しかしミステリーとしてはそこからが本番で、プロットのうねりが激しさを増す。そして読者は、予想もしなかった地点に運ばれてしまうのである。人物配置の妙、そして緩急自在な物語運びがこの作者の魅力だ。

Ж

- 今回の物語は三部構成で、それぞれそれに 「彼を殺したのは誰」 「彼女を殺したのは誰」 「あなたが殺したのは誰」 と題名がつけられている。これは過去作になかった試みで、情報が開示されていくに従って謎の様相が変化していく楽しみを読者に味わわせようという意図を感じる。

事件捜査が行われる2020年代の東京都と、20数年前の北海道鐘尻島の物語が並行する趣向もいい。二つの時間が衝突する地点が山場になる構成は第一作と同じだが、今回はそれを並列でやっているわけである。

過去に関する叙述の起点をバブル経済崩壊の1993年に合わせたため、以降のどん底に沈んだ日本経済が事件の背景として用いられることになった。いわゆる 「失われた30年」 の物語になったのである。鐘尻島で小寺陽介が体験していくものごとは、すべてがうまくいかず空回りし、未来が次々に奪われていく日本の象徴だ。30年の停滞が生み出した物語と言ってもいい。(解説より/杉江松恋)

※多くの登場人物の、おそらく誰もが悪くありません。悪くないのに、結果、この惨憺たる結末は何なのでしょう。彼らはどこで間違えたのか。何がそうさせたのか。彼らにとっての 「30年」 は何と虚しく、意味ない日々の連続だったことでしょう。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆まさき としか
1965年東京都生まれ。北海道札幌市育ち。

作品 「夜の空の星の」「完璧な母親」「いちばん悲しい」「熊金家のひとり娘」「ゆりかごに聞く」「あの日、君は何をした」「祝福の子供」「彼女が最後に見たものは」他多数

関連記事

『1ミリの後悔もない、はずがない』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『1ミリの後悔もない、はずがない』一木 けい 新潮文庫 2020年6月1日発行 「

記事を読む

『アズミ・ハルコは行方不明』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『アズミ・ハルコは行方不明』山内 マリコ 幻冬舎文庫 2015年10月20日初版 グラフィテ

記事を読む

『完璧な母親』(まさきとしか)_今どうしても読んで欲しい作家NO.1

『完璧な母親』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年3月30日10刷 「八日目の蝉

記事を読む

『鸚鵡楼の惨劇』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『鸚鵡楼の惨劇』真梨 幸子 小学館文庫 2015年7月12日初版 1962年、西新宿。十二社の

記事を読む

『しろいろの街の、その骨の体温の』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『しろいろの街の、その骨の体温の』村田 沙耶香 朝日文庫 2015年7月30日第一刷 クラスでは目

記事を読む

『強欲な羊』(美輪和音)_書評という名の読書感想文

『強欲な羊』美輪 和音 創元推理文庫 2020年4月17日7刷 第7回ミステリーズ

記事を読む

『いつかの人質』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『いつかの人質』芦沢 央 角川文庫 2018年2月25日初版 宮下愛子は幼いころ、ショッピングモー

記事を読む

『阿蘭陀西鶴』(朝井まかて)_書評という名の読書感想文

『阿蘭陀西鶴』朝井 まかて 講談社文庫 2016年11月15日第一刷 江戸時代を代表する作家・井原

記事を読む

『一億円のさようなら』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『一億円のさようなら』白石 一文 徳間書店 2018年7月31日初刷 大きな文字で、一億円のさような

記事を読む

『まつらひ』(村山由佳)_書評という名の読書感想文

『まつらひ』村山 由佳 文春文庫 2022年2月10日第1刷 神々を祭らふこの夜、

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑