『1ミリの後悔もない、はずがない』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『1ミリの後悔もない、はずがない』一木 けい 新潮文庫 2020年6月1日発行

「俺いま、すごくやましい気持ち」。ふとした瞬間にフラッシュバックしたのは、あの頃の恋。できたての喉仏が美しい桐原との時間は、わたしにとって生きる実感そのものだった。逃げだせない家庭、理不尽な学校、非力な子どもの自分。誰にも言えない絶望を乗り越えられたのは、あの日々があったから。桐原、今、あなたはどうしてる? - 忘れられない恋が閃光のように突き抜ける、究極の恋愛小説。(新潮文庫)

初めて目にした作家さんの作品を続けて三冊読みました。滝田愛美著 『ただしくないひと、桜井さん』、前野ひろみち著 『満月と近鉄』、そして本作です。

三冊共に、読んで得した気分というか、しばらくはこの3人の本をとっかえひっかえ読んでいたい。そんな気持ちになりました。

『1ミリの後悔もない、はずがない』 は、五編の作品による連作短編である。
一作目 「西国疾走少女」 に登場する 「わたし」 (由井) は、「事情あり」 の中学生である。母と妹と三人で暮らす。父とは共に暮らしていない。父自身の事情は、物語が進むにつれ、明らかにされる。

由井は経済的に困窮している。貧しい子どもの物語でもある。私が自分のデビュー作で、同じような状況に置かれた高校生を描いたとき、「こんな子どもが今の日本にいるものか」 という感想をもらい、心底、驚いたことがある。2010年のことだ。「こんな子どもはいない」 と今でも言えるだろうか。読み手の方に見えていないものを可視化すること。小説にはそんな役割もあると思う。

苦しい日々を送っていても恋は生まれる。由井と桐原との出会いと別れは物語全体を牽引する出来事として瑞々しく描かれ、登場人物を変えて物語は進んでいく。
潮目が変わるのは、由井の夫が登場する 「潮時」 から。由井も友人たちも大人になり、それぞれの人生を歩いている。由井の夫も 「事情あり」 の子どもだ。そうした二人が、新しい家庭を築いていく様子が描かれる最後の一編 「千波万波」 という作品は、一木けいさんが、これからもずっと書き続けることができる作家であるということを、はっきりと見せつけた作品でもあると思う。(窪美澄/解説より抜粋)

※桐原がよくて、なおいいのが幸太郎です。高校生だった由井を支える幸太郎と彼の母の存在は、如何ばかりか由井の人生観を前向きに変えたことでしょう。誰かに何かを損なわれても、いつか、誰かがそれを補ってくれる。さりげない善意に、あなたは泣くかもしれません。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆一木 けい
1979年福岡県生まれ。
東京都立大学卒業。

2016年 「西国疾走少女」 で 「女による女のためのR-18文学賞」 読者賞を受賞。受賞作を含む連作短編集 『1ミリの後悔もない、はずがない』 は、デビュー作にして大きな話題となる。他に 「愛を知らない」 「全部ゆるせたらいいのに」 など

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