『ブラフマンの埋葬』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ブラフマンの埋葬』小川 洋子 講談社文庫 2017年10月16日第8刷

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)

読めば読むほどいとおしくなる。

胴の一・二倍に達する尻尾の動きは自由自在、
僕が言葉を発する時には目をそらさないブラフマン。

静謐な文章から愛が溢れだす。第32回泉鏡花賞受賞作

ある出版社の社長の遺言によって、あらゆる種類の創作活動に励む芸術家に仕事場を提供している 〈創作者の家〉。その家の世話をする僕の元にブラフマンはやってきた - 。サンスクリット語で 「謎」 を意味する名前を与えられた、愛すべき生き物と触れ合い、見守りつづけたひと夏の物語。(講談社文庫)

あまたある中で、真に 「物語」 とは、こんな小説を言うのでしょう。

いつの時代の、どこの国の話なのかはさっぱりわかりません。話の進行上最低限必要な情報以外、余計な説明は一切ありません。なのに読んでしまう、惹き込まれてしまうのは、何なのでしょう?

夢で見たお伽話のような。あるいは、遠い異国であった出来事のような。えらく現実味のない話に感じるかもしれません。

登場する人物らに名前はなく、各々の素性についても、知らされるのは僅かばかりの事柄です。「ブラフマン」 と名付けられた生き物の正体も、結局最後まで明かされることはありません。

おそらくそれらは、(この物語にとって) さほど重要ではない、ということなんだろうと。

小説は全体に明け方に見る夢に似た印象をもたらす。ひょっとしたら南仏へ旅した作者が旅先で見た夢ではないのかとすら思ってみたくなる。しかし、もちろん夢は夢にすぎない。夢は小説ではない。むしろここでは、きわめて淡い色彩の絵の具を使いながら、一個の宇宙を画布の上に描き出す作者の手腕に感嘆すべきだろう。

それは周到に選び出され、磨き上げられた言葉とイメージが縒りあわされ、編み上げられることで果たされる。オリーブ林、サンスクリット語の墓碑銘、クラリネット、ラベンダーの棺、ひまわりの種、競歩、貝殻形の髪留め、緑色の泉、スズカケの並木、古代墓地、ホルン、レース編み、季節風・・・・・・・次々と現れ配置される言葉のイメージが、互いに微妙なバランスを保ちながら、淡く、しかし確固たる世界が構築されて行く様は、下書きもなしにいきなり絵筆を動かす、職人の熟練の手技を想わせるものがある。

この技術は、別に小川洋子の特許ではないし、また小説というものが細部の集積である以上、樹の幹枝と葉花を分けて考えることはそもそもできないともいえる。とはいうものの、小川洋子の個性は、とりわけその技術において独自の魅力を発揮し、際立っている。小川洋子のたしかな技術は、読者に上質の読書の時間を約束するだろう。(奥泉光/解説より)

※たまには意識して “上質な” 思いに浸りたい。そんなときは、この人 (小川洋子) が書いた 「物語」 を読むのが良いでしょう。不思議な、それでいて心洗われるここではないどこかへ、きっとあなたを連れて行ってくれるはずです。

この本を読んでみてください係数 85/100

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)

◆小川 洋子
1962年岡山県岡山市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。

作品 「揚羽蝶が壊れる時」「妊娠カレンダー」「博士の愛した数式」「沈黙博物館」「貴婦人Aの蘇生」「ことり」「ホテル・アイリス」「ミーナの行進」他多数

関連記事

『おもかげ』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『おもかげ』浅田 次郎 講談社文庫 2021年2月17日第4刷発行 おもかげ (講談社文庫)

記事を読む

『レプリカたちの夜』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『レプリカたちの夜』一條 次郎 新潮文庫 2018年10月1日発行 レプリカたちの夜 (新潮文

記事を読む

『はるか/HAL – CA』(宿野かほる)_書評という名の読書感想文

『はるか/HAL - CA』宿野 かほる 新潮文庫 2021年10月1日発行 はるか (新潮

記事を読む

『ビタミンF』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ビタミンF』重松 清 新潮社 2000年8月20日発行 ビタミンF (新潮文庫) &n

記事を読む

『楽園の真下』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『楽園の真下』荻原 浩 文春文庫 2022年4月10日第1刷 「日本でいちばん天国に

記事を読む

『まずいスープ』(戌井昭人)_書評という名の読書感想文

『まずいスープ』戌井 昭人 新潮文庫 2012年3月1日発行 まずいスープ (新潮文庫)

記事を読む

『ぶらんこ乗り』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文

『ぶらんこ乗り』いしい しんじ 新潮文庫 2004年8月1日発行 ぶらんこ乗り &nbs

記事を読む

『沈黙の町で』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『沈黙の町で』奥田 英朗 朝日新聞出版 2013年2月28日第一刷 沈黙の町で &nbs

記事を読む

『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』大石 圭 光文社文庫 2019年2月20日初版 奴隷商人

記事を読む

『緋い猫』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文

『緋い猫』浦賀 和宏 祥伝社文庫 2016年10月20日初版 緋い猫 (祥伝社文庫) 17歳

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

『カインの傲慢/刑事犬養隼人』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『カインの傲慢/刑事犬養隼人』中山 七里 角川文庫 2022年6月2

『カゲロボ』(木皿泉)_書評という名の読書感想文

『カゲロボ』木皿 泉 新潮文庫 2022年6月1日発行

『あたしたち、海へ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『あたしたち、海へ』井上 荒野 新潮文庫 2022年6月1日発行

『白昼夢の森の少女』(恒川光太郎)_書評という名の読書感想文

『白昼夢の森の少女』恒川 光太郎 角川ホラー文庫 2022年5月25

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』李 龍徳 河出書房 2022年3月

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑