『走ル』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『走ル』(羽田圭介), 作家別(は行), 書評(は行), 羽田圭介
『走ル』羽田 圭介 河出文庫 2010年11月20日初版
なんとなく授業をさぼって国道4号線を北に走り始めただけだった・・・やがて僕の自転車は、福島を越え、翌日は山形、そして秋田、青森へと走り続ける。彼女、友人、両親には嘘のメールを送りながら、高2の僕の旅はどこまで続く? 21世紀の日本版『オン・ザ・ロード』と激賞された、文藝賞作家の話題作! (「BOOK」データベースより)
これまでに読んだ羽田圭介の小説の中では、やっと《マトモ》な本に出合えた - そんな気がする一冊です。これはなかなかに気持ちの良い小説です。この人らしく多少偏執的ではありますが、とにもかくにも年相応に青春しているのがらしくて、良いのです。
但しこれには賛否両論があるらしく、自転車に跨り北へ向かって走り始めるのはいいのですが、道中でさしたる事件が起こるでなし、主人公である高校2年生の本田君が新たな何かを発見し、それまでとは違う自分に生まれ変わる・・・みたいなこともありません。
夜明け前に家を抜け出した後、結果週を跨いで何日間もツーリングを続けることになるのですが、その間に本田君が語り、思うことのほとんどは自転車のメカニックなあれこれであったり、持ち金が少ない中でいかに効果的な栄養が取れるかといったことばかりです。
移り変わる景色に時に感動したりもしますが、大抵は友人や母親や彼女らからのメールを確認しては嘘のメールを送り返し、道中の誰と親しく話をするわけでもなく、「まだ走れる」「まだ帰ろうという気持ちにならない」だけで、東京から青森へと走り続けます。
「羽田圭介は一体何が書きたかったの? 」みたいな感想があります。でもですね、もし本田君が結末あたりで急に人が変わったように何かに目覚めたとしたら、それこそどこかにある陳腐な話の二番煎じではないですか。そうなってない点こそを評価すべきです。
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仮眠のつもりが寝過ごして、たまたま夜中に目が覚めた本田君は、そのうちに眠気もなくなり、ならこのまま朝など待たず自転車を使って陸上部の朝練がある皇居へ行こうと思い付きます。バイアスロンのつもりで、朝練をランとして、自転車でそこまで行くのです。
思い付いたのが夜中の2時過ぎで、朝練の集合時間が午前7時。自宅がある八王子から時速20キロを維持して走れば、4時間で四ツ谷まで行くのは容易だろうと本田君は計算します。朝練の集合時間には余裕で間に合うことができます。
なぜ本田君がそんなことを思い付いたのかと言いますと、自転車レースで使うような専用自転車が家にあったからです。その自転車は、彼が小学校6年生だった頃に近所のお兄ちゃんがもう要らないからと本田君に譲ってくれたものでした。
ロードレーサーと呼ばれるその自転車を、その頃の本田君はフレームサイズが大きすぎたのと、歪曲した形状のドロップハンドルに違和感があったのであまり乗らずにいました。処分しようにもできずに分解されて、長い間物置に仕舞い込まれていた代物です。
フレームには「BIANCHI」(ビアンキ)という紺色のロゴがついています。真夏の午後、暇に任せて本田君はそのビアンキを元の姿に組み立て直します。完成したのが4時ちょうど。試しに乗ると、軽くて不思議な感覚です。
普段のママチャリなんかとは比較にならない乗り心地で、もっと早くに乗るべきだったと本田君は思います。実のところ、彼は「ツール・ド・フランス」数年分のダイジェスト番組や、今年のレースもリアルタイムで見るような、結構自転車レース好きの青年なのです。
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四ツ谷までビアンキに乗って行くと決めた本田君は、まずリュックに夏用の制服を詰めます。続いてコーラの500ミリリットルボトル、カロリーメイト、教科書、ノート、財布をつっ込むと、下着を脱いで、じかに黒のトレーニングパンツを穿きます。
それから小さく学校名が入った陸上部の青いタンクトップを着て、足音を立てないよう慎重に階段を下り、台所のテーブルに「学校へ行く」とメモを残しリュックを背負って玄関を出ると、静かに鍵を閉めます。空にはまだ星が点々としています・・・
いつもの家を出る時間より数時間も早いせいで車の数は少なく、歩道にも人はいません。本田君はいつも使っている八王子駅を無視して、甲州街道を走ることにします。目的地はどうせ学校なのに、心なしか本田君は緊張しています。
それから2時間近く走り、新宿を過ぎると、電車に乗っているだけでは絶対に感じることのできない東京の道のアップダウンを身体で感じることができます。千駄ヶ谷を過ぎた辺りからは街路樹が続き、信濃町駅が見え、赤坂御用池沿いの閑静な道へと進みます。
やがて見慣れた四ツ谷駅前の風景が現れたところで、本田君は少し驚いてしまいます。見知らぬ土地の中に、突如として自分の生活圏の断片が投げ込まれてきたかのようです。この街が、たくさんの道路を経てわが家の駐車場と繋がっているのが不思議に思えます。
家からこの街までが、地続きなのだ - そんな当たり前なことを、今さらながらに本田君は感じています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆羽田 圭介
1985年東京都生まれ。
明治大学商学部卒業。
作品 「黒冷水」「ミート・ザ・ビート」「不思議の国の男子」「盗まれた顔」「スクラップ・アンド・ビルド」「メタモルフォシス」他
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