『破蕾』(雲居るい)_書評という名の読書感想文
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『破蕾』(雲居るい), 作家別(か行), 書評(は行), 雲居るい
『破蕾』雲居 るい 講談社文庫 2021年11月16日第1刷
あの 冲方 丁が名前を変えて、「官能」 のイメージも塗り替える!
豪華挿絵入り - まさか官能小説で、泣くなんて!!!旗本の屋敷に差し入れを届けたお咲。不相応な歓待に戸惑う中、ある女に科せられた 「市中引廻し」 の身代わりになれと命じられる。驚く間もなく緊縛された彼女を待ち受けていたのは、想像もしなかった淫靡な運命だった (「咲乱れ引廻しの花道」)。業に囚われた女たちの切なく儚い性を描いた傑作官能連作集。(講談社文庫)
第二話 「香華灯明、地獄の道連れ」 より
寺は、武蔵国の池上郷に広大な敷地を有する日蓮宗の大寺院であった。
そこに月に一度か二度、お初の方を始めとして奥の女達がありがたいお経を聞きに行くのである。それは奥の女達にとって数少ない外出の機会であった。
芳乃は、その豪壮なお堂に圧倒された。きらびやかな法衣をまとう老若の僧達が、鉦を鳴らし、木魚や木鉦を叩き、かぐわしいお香を炷いて、激しく、ときに穏やかに誦経する。それは壮大な音楽として芳乃の心を揺さぶり、感動のあまり涙が溢れるほどであった。
「極楽浄土は、香積如来ともいいます。浄土にいる人々は、かぐわしき香りのみを食事とすることから、そう呼ばれているのです」
その場で最も偉い高僧が講釈を始めた。初めて参加する芳乃のためである。
浄土で人は、その功徳によって九品の階位のどこかに位置づけられる。上中下の三品がそれぞれ上中下に分かれる。これに倣い、お香の扱いも上中下の三品に分かれるという。
お香の上品は儀式において神仏に香・華・灯を供えることで、これを香華灯明という。献香し、献花し、献灯し、献茶する - 。
その高僧の講釈を聞きながら、肌がひやりとするのを覚えた。いつの間にか両脇にお初の方の待女とお景がおり、芳乃の着物の襟や帯を寛げていた。己の胸元にうっすら汗が光っており、着物を寛げられた分だけ大きく息を吸うと、部屋に炷かれたお香の匂いが胸中を満たし、芳乃をうっとりさせた。
芳乃の腹から帯が取られた。待女が帯を畳んで脇に置くのを呆然と見ながら、芳乃は力の入らない手で抵抗しようとした。視界は朦朧とし、言葉がはっきり出てこず、
「何を・・・・・・・なさっているのですか・・・・・・・」
かろうじてそう言ったが、誰も聞いてはくれなかった。
お景が芳乃の両手を後ろに回してひとまとめに握り、他方の手で芳乃の着物を開いた。芳乃はその場に正座したまま身をあらわにされた。胸元の透けるような白い肌が、体内の熱と羞恥で赤々と血の気を帯び、細かな汗を光らせた。堅く張り詰めた円い乳房の先端は早くも硬く起ち上がり、まだ肉付きのひどく薄い腹にも汗が浮かんでいる。
「ではさっそく、香りを “聞くとしますかな“」
高僧が、芳乃の首元、鎖骨の間に顔を寄せ、すうーっと鼻で深く息を吸った。それから横を向き、ゆるゆると息を吐きながら、目を見開いて唸った。
「ほう、なんと・・・・・・・これはまた、かぐわしきかな」
そこで芳乃は、二つのことを理解した。高僧が “聞く” と言ったのは、女の体をお香のようにかぎ、味わうことであった。そしてまた、熱を帯びた己の体から、男を瞠目させるような薫りが漂い出しているのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
初めて会う老人に、そこの匂いをたっぷり嗅がれるのである。
芳乃はめまいを覚えながら頭上を仰ぎ、喘いだ。羞恥と屈辱で泣き叫びたいはずなのに、なぜか陶然とした気分がわき起こっていた。身の熱がおかしいほど高まっている。両脚が小刻みに震え、己の股ぐらに汗とは異なる潤いとぬめりを感じた。
一連の物語の主人公である - 芳乃が十四歳のときのことであった。(続く)
この本を読んでみてください係数 85/100
◆雲居 るい
1977年岐阜県生まれ。
小説のみならず、マンガ原作やアニメ脚本を手がけるなど、既存の枠にとらわれない幅広いジャンルで活躍中。「雲居るい」 は一般公募で選ばれたペンネームで、「累」(不自由に縛られること) から 「雲の上に居る」 という自由を獲得することを意味しているのではないか - との説がささやかれているが、本当のところはわからない。本書は著者初となる時代官能小説である。(冲方 丁の別名義)
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