『ふたたび嗤う淑女』(中山七里)_書評という名の読書感想文
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『ふたたび嗤う淑女』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(は行)
『ふたたび嗤う淑女』中山 七里 実業之日本社文庫 2021年8月15日初版第1刷
標的の運命を残酷に操るダークヒロイン、再臨!?
巧みな話術で唆し、餌食となった者の人生を狂わせる - 稀代の悪女・蒲生美智留が世間を震撼させた凶悪事件から三年。”野々宮恭子” と名乗る美貌の投資アドバイザーが現れた。国会議員の資金団体で事務局長を務める藤沢優美は、彼女の指南を受け、不正運用に手を染めるが・・・・・・・金と欲望にまみれた人々を弄ぶ恭子の目的とは!? 人気シリーズ第2弾! (実業之日本社文庫)
[目次]
一 藤沢優美
二 伊能典膳
三 倉橋兵衛
四 咲田彩夏
五 柳井耕一郎
エピローグ
第二話 「伊能典膳」 場面2より
「早まったことをしてくれたな、藤沢さん」
官給のノートパソコン。その画面に映し出された死体写真を見つめながら、丸の内署・知能犯係の富樫はぼそりと呟いた。
一億二百万円を詐取されたと見る影もなく落ち込んでいたが、それでも彼女が死んでカネが返ってくる訳ではないし、出資元が優美を免罪するとも思えない。要するにただの犬死にだ。死を選ばすとも破産宣告や民事再生の手続きを取れば、少なくとも法律上の支払義務は免除ないし軽減される。どうしてその方途を選択しなかったのか。富樫は詐欺事件が発生した際に覚えるあの憤怒と無力感を反芻する。
スマートフォンの発信記録を調べようとしたのは、ほんの思いつきだった。死を決意した優美が最期に誰と話したのか、あるいは誰と話そうとしたのか興味が湧いた。
発信相手は二人しかいなかった。自殺の直前には 「神崎亜香里」 宛てに三回、そして 「野々宮恭子」 宛てには実に十五回もの発信記録が残っている。無論これだけの回数が続いているのは相手が出なかったせいだ。ずらりと連なる 「野々宮恭子」 の名前が、優美の恨みの深さを物語っているように見える。そのうち、富樫は妙な気分に襲われ始めた。
平成十八年二月二十五日、生活プランナーの看板を掲げる蒲生美智留は自身の顧客であった鷺沼紗代に銀行のカネ二億三千万円を横領させ、そのうち二億円あまりを詐取した上で紗代を東京メトロ表参道駅のホームから突き落として轢死させた。更に平成十九年八月二十日、共犯者の実家に潜り込み、共犯者の実弟である野々宮弘樹を言葉巧みに操り、同家の父親と共犯者を殺害させた。その他にもぞろぞろと余罪が発覚し、蒲生美智留は稀代の悪女として世間を騒がすことになる。そして、この共犯者こそが野々宮恭子だった。
ところが検察側絶対有利と思われた公判においてとんでもない事実が判明する。野々宮家の事件が起きた時、野々宮恭子は思慕していた蒲生美智留そっくりに整形しており、危うく弟の手から逃れることができた。つまり本物の蒲生美智留は恭子と間違われて弘樹に殺害されてしまったのだ。(本文より)
これが世に言う 〈蒲生事件〉 のあらまし。結果として誤認逮捕された野々宮恭子は無罪放免となり、裁判は終結します。
蒲生美智留の手口は類い稀な話術で他人を唆し、つい昨日までは平々凡々だった人間を犯罪者に変貌させてしまうことでした。そして、この手口のあり様は、今回 「野々宮恭子」 と名乗る女が藤沢優美に仕掛けた策謀とまるで同じものでした。第二話で、富樫がようやくそれに気付きます。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。
作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「闘う君の唄を」「連続殺人鬼カエル男」「セイレーンの懺悔」「護られなかった者たちへ」他多数
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