『百瀬、こっちを向いて。』(中田永一)_書評という名の読書感想文

『百瀬、こっちを向いて。』中田 永一 祥伝社文庫 2010年9月5日初版


百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)

「人間レベル2」の僕は、教室の中でまるで薄暗い電球のような存在だった。野良猫のような目つきの美少女・百瀬陽が、僕の彼女になるまでは - 。しかしその裏には、僕にとって残酷過ぎる仕掛けがあった。「こんなに苦しい気持ちは、最初から知らなければよかった・・・・! 」恋愛の持つ切なさすべてが込められた、みずみずしい恋愛小説集。(祥伝社文庫より)

誰もが一度は経験する、人を好きなって初めて味わう感情。胸が詰まって苦しくなるような甘く切ない思い - これは恋なのか?? ・・・・。本当はもっと早くに、今とは違うかたちで、僕は百瀬に自分の気持ちを伝えたかった -

無事に大学合格をはたして、僕は東京に部屋を借りた。大荷物をたずさえて新幹線にのり上京する日、百瀬が博多駅のホームまで僕を見おくりにきてくれた。ホームで僕は彼女に、実はずっと好きだったんだと告げた。どうしてこんなタイミングでそんなこと言うのかと百瀬は怒りだしてそっぽをむいた。百瀬、こっちを向いて。おそるおそる話しかけると、彼女は野良猫のような目で僕をふりかえった。

姓が百瀬で、名前は陽(よう)。- ぶっきらぼうに「百瀬」と呼ぶのが精一杯で、たぶんそれ以上はできなかったのです。思い起こせば、確かにそうでした。不用意な上に恥ずかしすぎて、名前でなど呼べるものではなかったのです。

- 百瀬、こっちを向いて。

そう言ったのは、「僕」=相原ノボルの心の声です。やっと本当の気持ちが言えて、それを何としても伝え切りたいと思うノボルが祈るように心の中で言った言葉がそれで、そんなノボルの気持ちに百瀬がどう応えるのか - というところまでが書いてあります。

最初は意図してそう見せかけて、やや朴訥な語り口調で物語は進んで行きます。登場する人物らのその年頃の様子がその通りに描かれており、その分幼く感じるかも知れません。始めはありふれた話のようでもありますが、実は奥が深い。(いかにもこの人らしいミステリー仕立てで)最後の最後に、本当に伝えたかったのが何なのかがわかります。
・・・・・・・・・・
宮崎瞬と神林徹子は同じ高校の3年生で、誰もが羨むような美男美女のカップルです。宮崎瞬はバスケット部のエース、背が高く目立つ外見をしており、女子には絶大な人気があります。

神林徹子もまたみんながうわさするような背の高い女子で、髪の毛が腰まであり、窓のそばを通ると光が表面を伝って輝いて見えます。彼女の家は資産家で、それでかどうかはわかりませんが、うらおもてのない、天使のような表情をしています。

ノボルにとって宮崎瞬は兄のような存在です。家が近所で、母が家に帰れないときは宮崎家に預けられ、二人して布団を並べて寝たような間柄です。瞬の父親が経営する紳士服店へ行っては一緒に遊び、大怪我をして助けられたこともあります。

幼い頃、ノボルは瞬のことを「瞬兄ちゃん」と呼んでいました。それが今では高校の3年生と1年生になり、ノボルは瞬を「宮崎先輩」と呼ぶようになっています。

その宮崎先輩が、あるときノボルにとんでもない頼み事をします。瞬が付き合っているのは、「公け」には神林徹子なのですが、他にもう一人、彼が(おそらくこっちが本命に違いないのですが)人知れず交際している女子がおり、それが百瀬陽でした。

その百瀬と、(もちろん彼女も承知の上で)嘘の付き合いをしてほしい - そう瞬に頼まれてノボルの前に現れたのが、挑みかかるような目つきの、まるで野良猫のように挑戦的な目をした、視線があうとひっかかれてしまいそうな目をした美少女・百瀬だったのです。

さて(ここから先はお読みいただくとして)、このときノボルがいかなる思いを持った高校男児であったのかと言いますと、それはそれは(みごとなまでの)思い詰めようをしています。

世の中には一生、女の子と縁がなく、手をにぎることもできない人間が存在するのだ。田辺と僕は、自分たちが女性に縁のない人々の一員であるという自覚を持っていた。人間レベル2とは、そのような運命を背負ったかなしい存在なのだ。メスカマキリに喰われてしまうオスカマキリみたいに、それはもうかなしい存在なのだ。

こんなノボルに対し、百瀬は平気で手を繋いだりします。百瀬のほそい指がノボルの指にからみ、ほどこうとすると抵抗します。元より何ほどの経験もないノボルにとっては、指が接触するなどというのは「致死性の高い」(ノボルが言った言葉) 極めて危険な行為でした。

それほどに、(嘘とはいえ)彼にしてみれば大ごとで、過酷で、おまけに(本来の趣旨とは違う意味において)辛く切ない気持ちにもさせてしまうのでした。

この本を読んでみてください係数 80/100


百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)

◆中田 永一
1978年福岡県生まれ。本名は安達寛高。
豊橋技術科学大学工学部卒業。別名義で乙一としても執筆している。

作品 「くちびるに歌を」「吉祥寺の朝日奈くん」「私は存在が空気」など

関連記事

『百舌の叫ぶ夜』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『百舌の叫ぶ夜』 逢坂 剛 集英社 1986年2月25日第一刷 百舌の叫ぶ夜 (百舌シリーズ)

記事を読む

『山中静夫氏の尊厳死』(南木佳士)_書評という名の読書感想文

『山中静夫氏の尊厳死』南木 佳士 文春文庫 2019年7月15日第2刷 山中静夫氏の尊厳死

記事を読む

『村上龍映画小説集』(村上龍)_書評という名の読書感想文

『村上龍映画小説集』村上 龍 講談社 1995年6月30日第一刷 村上龍映画小説集 (講談社文

記事を読む

『まつらひ』(村山由佳)_書評という名の読書感想文

『まつらひ』村山 由佳 文春文庫 2022年2月10日第1刷 まつらひ (文春文庫)

記事を読む

『うつくしい人』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『うつくしい人』西 加奈子 幻冬舎文庫 2011年8月5日初版 うつくしい人 (幻冬舎文庫)

記事を読む

『無人島のふたり/120日以上生きなくちゃ日記』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『無人島のふたり/120日以上生きなくちゃ日記』山本 文緒 新潮社 2022年11月30日4刷

記事を読む

『教団X』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『教団X』中村 文則 集英社文庫 2017年6月30日第一刷 教団X (集英社文庫) 突然自

記事を読む

『メタモルフォシス』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『メタモルフォシス』羽田 圭介 新潮文庫 2015年11月1日発行 メタモルフォシス (新潮文

記事を読む

『切り裂きジャックの告白』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『切り裂きジャックの告白』中山 七里 角川文庫 2014年12月25日初版 切り裂きジャックの

記事を読む

『ダブル』(永井するみ)_極上のサスペンスは日常から生まれる

『ダブル』永井 するみ 双葉文庫 2020年2月15日第1刷 ダブル<新装版> (双葉文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『死者の奢り・飼育』(大江健三郎)_書評という名の読書感想文

『死者の奢り・飼育』大江 健三郎 新潮文庫 2022年11月25日8

『メタボラ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『メタボラ』桐野 夏生 文春文庫 2023年3月10日新装版第1刷

『遠巷説百物語』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文

『遠巷説百物語』京極 夏彦 角川文庫 2023年2月25日初版発行

『最後の記憶 〈新装版〉』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『最後の記憶 〈新装版〉』望月 諒子 徳間文庫 2023年2月15日

『しろがねの葉』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『しろがねの葉』千早 茜 新潮社 2023年1月25日3刷

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑