『能面検事』(中山七里)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2023/09/11
『能面検事』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(な行)
『能面検事』中山 七里 光文社文庫 2020年12月20日初版
大阪地検一級検事の不破俊太郎はどんな圧力にも屈せず、微塵も表情を変えないことから、陰で 〈能面〉 と呼ばれている。新米事務官の惣領美晴と西成ストーカー殺人事件の調べを進めるなかで、容疑者のアリバイを証明し、捜査資料が一部なくなっていることに気付いた。これが大阪府警を揺るがす一大スキャンダルに発展して - 。一気読み必至の検察ミステリー! (光文社文庫)
初対面の上司にいきなり 「出て行け」 と罵倒されたら、あなたならどうするだろう。
大阪地検の新人検察事務官、惣領美晴は、まさにそういう目にあった。検察官補佐として着任した初日のことだ。相手は不破俊太郎一級検事。今初めて顔を合わせたばかりの美晴を、事務官失格扱いである。
正しくは、不破は 「君のような事務官は要らん。出ていきたまえ」 と言ったのでした。そのあまりな言い方に美晴はしばし硬直するものの、しかし負けてはいません。彼女には彼女なりのプライドがあります。目の前に座る検察官とはまだ挨拶程度の言葉しか交わしていません。なのに事務官失格とは一体どういうことなんだと。
「わたしの何が事務官不適格なのでしょうか」 - 彼女がそう訊いたのは尤もなことでした。全ての原因は、不破の 「空気を読まない」 「一切忖度しない」 言説にこそあります。美晴に詰め寄られ、漸う不破はその理由を明かします。
本書のタイトル 『能面検事』 は、この不破検事の綽名である。不破は相手が誰であっても、どんな状況であっても、一切表情を変えない。必要と判断すれば、どんな場所へも忖度無しで、さっさと乗り込んで行く。
鉄の無表情っぷりは、不破の武器だ。取り調べの際には被疑者を前にして、「一ミリも表情筋の動かない顔」 で、「ずううっと相手を睨む」 らしい。どんなに不敵な犯罪者も、これで片っ端から落ち着きをなくし、ボロを出すのだという。(太字は解説からの引用)
・(不破と美晴が担当する) 最初の事件
この日、不破が担当するのは幼女殺害事件だった。被疑者は八木沢孝仁三十二歳、無職。
去る三月十五日、大正区泉田に住む会社員滝本峰雄の次女留美八歳が夕方になっても帰らなかった。滝本夫婦は最寄りの交番に捜査を依頼、大正署の署員が一晩中探し回った挙句、留美は公園の植え込みから絞殺死体で発見された。
八木沢には前科があった。八年ほど前、下校中の小学女児を拉致し自宅に監禁したのだ。この時は傷害も殺害もなかったが、八木沢の幼女趣味が継続していたのは今回自宅から押収された雑誌やDVDからも明白だった。
加えて八木沢には事件当日のアリバイがない。ネットカフェで過ごしていたという供述は、店の顧客管理データに当日の利用記録がなかったことからあっさり崩壊した。
・続く第二の事件
四月十五日、西成区岸里の住宅街で事件は発生した。午後十一時三十分頃、二階建てアパート 〈グランカサール岸里〉 の203号室から男性の、次いで女性の悲鳴が上がるのを同階端206号室の男性が聞いた。
そして翌日の午後五時二十五分頃、206号室の男性は件の部屋の前を通る際に異臭を嗅ぎ取った。何気にドアノブに手を掛けると施錠されてはおらず、ドアはすんなり開いた。部屋の中には男女ひと組の死体が転がっていた。異臭は間違いなく死体から洩れたものだった。
所持品より、被害者女性はこの部屋の借主須磨菜摘二十五歳と判明。喉元を切られたのが致命傷となり即死していた。一方の被害者男性は楠葉峰隆三十四歳。以前から彼女と半同棲していた会社員で、こちらは胸部を深く抉る創傷が致命傷だった。
捜査線上に浮かび上がったのは谷田貝聡、市内のホームセンターに勤めていた三十五歳の男だった。谷田貝はアリバイを主張したものの裏付けは取れない。それどころか、出頭した際に谷田貝が着ていたパーカーから菜摘の毛髪が見つかり、容疑は決定的なものとなった。谷田貝は二人の殺害容疑で逮捕、自白調書の取れないまま送検に至る。(事件内容は概ね本文より)
※この小説は、最初、(不破と美晴が扱う) 個々の事件を集めた連作短編集かと思いきや、読むうち段々と、全部が密に繋がる長編小説であるのに気付きます。
不破の目指すところは単に目先の事件だけではありません。やがてわかるのですが、あろうことか、二人は大阪府警の本部を始め、府下にある六十五もの所轄署を、まとめて敵に回すことになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。
作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「連続殺人鬼カエル男」「セイレーンの懺悔」他多数
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