『十七八より』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『十七八より』乗代 雄介 講談社文庫 2022年1月14日 第1刷発行

注目の芥川賞候補作家、デビュー作

ある少女の平穏と日常と秘密。第58回群像文学新人賞受賞作

彼女は過去を振り返るとき自分のことを 「少女」 と呼ぶ。やがて死す叔母との対話、国語教師との怪しげな関係、夜更かしな読書ノート。それは平穏だったり不穏だったり日常だったり秘密だったり。驚異の文体で高二の少女のひと夏の記憶を描いた乗代雄介の晴朗なるデビュー作。(講談社文庫)

確かにこれは、そのころ十七八歳のある少女の青春記 - であるに違いありません。但し、あなたが読んだであろうこれまでとはまるで異なる文体に、面食らい、付き合いきれずに途中で投げ出してしまうかも知れません。読めば必ず為になる - かどうかはわかりません。

プロの見立ては、こうです。巻末にある 「第58回 群像新人文学賞 書評より - 」 に掲載された三氏 (高橋源一郎、多和田葉子、辻原登) の中から選んで、辻原氏の書評 (全文) を紹介しましょう。

「十七八より」 のすべては、語りの文体の魅力に尽きるようだ。語り手は、自分は 「あの少女」 のなれの果てであるとしばしば読者に耳打ちしながら、タイトル通り十七、八の 「あの少女」 の凝縮された一ヵ月を語るのだが、この小説らしき書き物を私は要約することができないし、するつもりもない。

「少女」 に関わる人々は、その両親と弟、いわくありげに、もったいつけて登場し、「少女」 の、まつ毛を抜いてやる叔母、目をつむって精緻な女性性器を黒板に描けることを自慢する体育教師、読書会を主宰して、「少女」 に世阿弥を読ませる (こっそり小説を書いている) 国語教師、読書会に参加する男子生徒。- といったふうに通常、小説の登場人物を挙げて、彼らの行状と主人公との関係を紹介していくうちに、自ずと小説の筋もエッセンスもおおよそつかまえられるものだが、作者はそういう常套手段を取られることを嫌がってか、語り手=書き手の現在を韜晦し、曖昧にすることでたえず把捉を逃れようとする。真剣に語るべき対象をなくした世代特有のペダントリー (知ったかぶり。学者ぶること) がひときわ目立つ。

この作品が一筋縄でいかないのは、語り手=書き手を作者と切り離して仮構していること、さらに作者の目的が言語遊戯にあると思われることによる。叔母と 「少女」 のシニカルな対話も、五十代の国語教師との世阿弥論も、匂わされる彼との性的関係も、「少女」 の読書ノートも、言語 (フイクション) からはまじめに受け取るべきものは何もない、世界は表層のゆらぎに過ぎない、解くべき真の謎など存在しない、という埒もないメッセージだ。

中心に置かれるのは 「叔母の死」 だ。叔母が癌になり、臨終の床で、他の親族を全員廊下に出して、「少女」 一人に残した 「遺言」 とは何だったのか。しかし、語り手はこう書く。「叔母の遺言について、ここへ書くには及ぶまい」。

遺言=真の謎は解くには及ぶまい。こう決めた語り手にできることは、ひたすら読者に自らの半可通を開陳することである。半可通はペダントリーとシニックを愛す。それを 「少女」 の言説として提示したところにこの小説の愛すべき功績がある。作者のニヤリ笑い、いや苦笑いが想像できる。

この中身のない小説を受賞作として強く推したのは、時折、何を言っているのか分からないセンテンスやパラグラフから上がる軋り音の中に、ある種の捨ておけない才気が感じられたからである。

だからこそこうして、まだ常に口元を汚していた時分の弟が父のスーツの上着の中に入って玄関まで歩いて行った後ろ姿、あれをくり返しまぶたの裏側に浮かべつつ、ぶかぶかの文体で出かけてみたというわけである。

ぶかぶかの文体の可能性に賭けてみよう。

※プロの物書きに 「まじめに受け取るべきものは何もない」 「この中身のない小説」 などと言われて、なら、読んだ私は何なのでしょう? これを 「純文学」 と呼ぶのでしょうか。 

この本を読んでみてください係数 80/100

◆乗代 雄介
1986年北海道江別市生まれ。
法政大学社会学部メディア社会学科卒業。

作品 「本物の読書家」「旅する練習」「最高の任務」「皆のあらばしり」「ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ」「それは誠」など

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