『ふる』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『ふる』(西加奈子), 作家別(な行), 書評(は行), 西加奈子
『ふる』西 加奈子 河出文庫 2015年11月20日初版
繰り返し花しすの前に現れる、何人もの「新田人生」を名乗る男たち。寝たきりのまま亡くなった祖母と、祖母の介護をする母。モニター越しに性器を露わにする見知らぬ外国人女優・イヴリン。そして常に傍らで漂う、彼女にしか見えない正体不明の「白いもの」・・・
花しすには一風変わった趣味、あるいはそうせずにはおけない癖のようなものがあります。電源の入ったICレコーダーをポケットにしのばせ、街の音や他人との会話を隠し録り、寝る前に再生しては、そのときの様子を反芻したりしています。
池井戸花しす、28歳。職業はAVへのモザイクがけ。誰にも嫌われないように、常に周囲の人間の「癒し」である事に、ひっそり全力を注ぐ毎日。だが、彼女にはポケットにしのばせているICレコーダーで、日常の会話を隠し録るという、ちょっと変わった趣味があった - 。(「BOOK」データベースより)
この小説は彼女の20冊目となる、(Amazonの解説通りに言うなら)まさに著者新境地の作品ということになります。日常の生々しさをやわらかく包み込み、すぐ隣にある「奇跡」そのものに気付かされる、始まりのための物語 -だとあります。
「奇跡が空を舞う、書き下ろし長編」と紹介されているのを読んで、なるほど、道理で、ふわふわとした「白いもの」が登場人物の誰彼の肩口や腰の辺りに現れては(見えるのは花しすだけです)、ただ漂い、決してそこから離れようとはしません。
それが何かは花しすにも分からないのですが、彼女が誰かの前で何かを思うとき、必ずそれは彼女の前の「誰か」に現れては、ふわふわします。
この「白いもの」の他に、もうひとつ。この小説に繰り返し出てくるのが、女性の「性器」です。女性器そのものが、きわめて即物的に語られます。色合いや形状、くすんだ表面と奥にある赤い肉襞の様子、毛の濃淡などが、在るがままに語られています。
西加奈子は、おそらくそうしようとして、主人公の花しすにアダルトビデオの修正という仕事をさせたのだと思います。花しすは終日、ビデオにそのまま映る女性の性器にモザイクをかけています。時に花しすは、こんなことを思ったりもします。
花しすは、イヴリンの性器を拡大してみた。黒い胡蝶蘭のように開いた襞の奥に、真っ赤な穴が空いていた。それはどこまでも続いてゆくように見えた。終わりなどないもののように見えた。花しすは、はからずも、イヴリンそのもの、イヴリンを構成している核のようなものに、出合った気分だった。
「白いもの」と「女性器」- この2つとは別に(読み出したらすぐに気付きます)、この小説には、ちょっと不思議な、他にない特徴があります。
冒頭に出て来る、個人タクシーの運転手。幼い頃、祖母と出かけた動物園にいた若いお兄さん。「合い言葉を言え。」と、公園で通せんぼする男子児童。高校の倫理担当で、天体観測部の顧問をしていた老教師。初めて参加した合コンの、相手の中の一人。会社に出入りする、複合機のリース会社の営業兼修理担当、等々。
これらのすべての人物の名前が「新田人生」なのです。あれっと思う間もなく、次々と登場する男性が全部「新田人生」とは? ・・・と、まず考えさせられます。
もちろん、それぞれに固有の名前を持った人物も数多く登場します。なら、固有の名前で登場する人物らと「新田人生」の間に、花しすはどんな区分をしているのでしょう?
この小説で「いのち」のことを書きたかった - あとがきにはそう記してあります。それと、何人もの「新田人生」の中の一人がこんなことを言います。
「どうしたんですかぁ、まさかあなた、生きてる実感がないとか、そういうこと言うんじゃないでしょうね。若い人はすぐそういうこと言うんだから。そんで富士山登ったり固いもん食べたりして、実感した、生きてる、つって泣くんでしょうよ。」
「ほら、そうやって私のことを、忘れていくでしょう。」「いや驚いてますけどね、あなた、今までたくさんの新田人生と会ってきたでしょう。でもその人たちをね、あなたはすっかり、忘れてきてるんですよ。」
いつの間にか、知らない内に新田人生は、花しすが録音した覚えのないことまで話し始めています。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。
作品 「あおい」「さくら」「うつくしい人」「窓の魚」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「きりこについて」「ふくわらい」「通天閣」「炎上する君」「白いしるし」「地下の鳩」「サラバ!」他多数
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