『新装版 人殺し』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『新装版 人殺し』(明野照葉), 作家別(あ行), 明野照葉, 書評(は行)

『新装版 人殺し』明野 照葉 ハルキ文庫 2021年8月18日新装版第1刷

本郷に住むフリーライターの野本泰史は、近所の洋食屋 「琥珀亭」 に足繁く通っている。独身の泰史は、最近店の手伝いをはじめた弓恵というはかなげな女性に、次第に惹かれていく。だがそれを感じた琥珀亭主人夫婦に、あの女性はあなたにふさわしくない、と忠告される・・・・・・・。純粋で美しい 「愛」 が、恐ろしい 「憎しみ」 へと墜ちていくとき、あなたは? - 傑作長編サスペンス 『ひとごろし』 を改題、装いも新たに登場。あなたの全身は総毛立ち、心は凍り付く! (ハルキ文庫)

2003年 東京都文京区本郷

目が合っているのに合っていない。黒目のなかで、視点がよそに逸れている。それが最初、野本泰史が水内弓恵に対して抱いた印象だった。

初対面だから、むろんその時は歳までは尋ねなかった。ただ、自分と同じ世代だろうという感じはした。『琥珀亭』 ではじめて出逢った時から半年が過ぎ、互いにひとつずつ歳をとったから、今年弓恵は三十七歳。三十四歳になった泰史より、三つ歳上ということになる。

ほっそりとしたからだつきをしていて、若く見えるといえば若く見える。ただ、彼女には、相手にそうしたことを考えさせない不透明な空気がある気がした。存在そのものがどこか霞んでいて、現実感に欠けている。

「変なこと訊くようだけど」
用事があって、弓恵が店を休んでいる日のことだった。泰史は 『琥珀亭』 の美恵子から、突然のように切りだされた。

「ノモッちゃん、もしかして弓恵さんとつき合ってる?」
月に二度かそこら夕食をともにしていることは事実だが、果たしてそれがつき合っているといえるかどうかは疑問だった。三十を過ぎた男と女だ。本来つき合っているという言葉の内には、当然べつの要素が含まれているだろう。

「今のところ、何の明確な意志もないんだけど」 泰史は言った。「まあ、こっちも三十四年生きているからね、いろいろあったのは一緒といえば一緒だし」 あえて笑い飛ばそうとするような泰史に、美恵子が珍しく焦れたような表情を見せた。

困惑げに黙り込んだ美恵子に代わって、今度は寛行が話をしはじめた。弓恵には、過去に結婚歴がある。子供を産んだ経験もある・・・・・・・。

お子さん、亡くなったのよ。ご主人とも、どうもそれが原因で離婚ということになったみたい。夫婦ともに、子供を失った痛手を乗り越えられなかったんでしょうね

弓恵はいまだにその傷を癒しきれずにいる、と美恵子は語る。人と関わることが怖い、と弓恵自身が美恵子に漏らしたこともあったらしい。愛することも怖い。出逢えば必ず別れの時がくる。生き別れであれ死に別れであれ、もはや別れを味わうことに、自分の神経は堪えられない - 。(本文より抜粋)

この時、琥珀亭の主人夫婦が泰史を思い、是非にも伝えたかったのは - 弓恵はマズい、間違っても弓恵とだけはつき合うな - ということでした。

実は、子供を亡くし離婚したこととは別に、弓恵は過去にある重大な犯罪を犯しています。無事に刑期を終え、社会復帰を果たすべく、請われて琥珀亭主人夫婦が彼女を雇い入れたのでした。

最初、泰史は何も知りません。知らない内に男女の仲になり、やがて抜き差しならない事態を招くことになります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆明野 照葉
1959年東京都中野区生まれ。
東京女子大学文理学部社会学科卒業。

作品 「雨女」「輪RINKAI廻」「闇の音」「棲家」「魔性」「誰?」「新装版 汝の名」他多数

関連記事

『琥珀のまたたき』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『琥珀のまたたき』小川 洋子 講談社文庫 2018年12月14日第一刷 もう二度と

記事を読む

『求めよ、さらば』(奥田亜希子)_書評という名の読書感想文

『求めよ、さらば』奥田 亜希子 角川文庫 2025年1月25日 初版発行 その愛は本物ですか

記事を読む

『ハコブネ』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『ハコブネ』村田 沙耶香 集英社文庫 2016年11月25日第一刷 セックスが辛く、もしかしたら自

記事を読む

『女神/新装版』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『女神/新装版』明野 照葉 光文社文庫 2021年10月20日初版第1刷発行 とび

記事を読む

『向田理髪店』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『向田理髪店』奥田 英朗 光文社 2016年4月20日初版 帯に[過疎の町のから騒ぎ]とあり

記事を読む

『金魚姫』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『金魚姫』荻原 浩 角川文庫 2018年6月25日初版 金魚の歴史は、いまを遡ること凡そ千七百年前

記事を読む

『variety[ヴァラエティ]』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『variety[ヴァラエティ]』奥田 英朗 講談社 2016年9月20日第一刷 迷惑、顰蹙、無理

記事を読む

『星の子』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『星の子』今村 夏子 朝日新聞出版 2017年6月30日第一刷 林ちひろは中学3年生。病弱だった娘

記事を読む

『藍の夜明け』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『藍の夜明け』あさの あつこ 角川文庫 2021年1月25日初版 ※本書は、2012

記事を読む

『ブラックライダー』(東山彰良)_書評という名の読書感想文_その1

『ブラックライダー』(その1)東山 彰良 新潮文庫 2015年11月1日発行 ここは、地球の歴

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『未明の砦』(太田愛)_書評という名の読書感想文

『未明の砦』太田 愛 角川文庫 2026年3月25日 初版発行

『月島慕情』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『月島慕情』浅田 次郎 講談社文庫 2026年3月13日 第1刷発行

『黒 石 (ヘイシ) 新宿鮫12』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文

『黒 石 (ヘイシ) 新宿鮫12』大沢 在昌 光文社文庫 2026年

『母という呪縛 娘という牢獄』(齊藤彩)_書評という名の読書感想文

『母という呪縛 娘という牢獄』齊藤 彩 講談社文庫 2026年3月1

『令和元年の人生ゲーム』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『令和元年の人生ゲーム』麻布競馬場 文春文庫 2026年3月10日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑