『薬指の標本』(小川洋子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/06
『薬指の標本』(小川洋子), 作家別(あ行), 小川洋子, 書評(か行)
『薬指の標本』小川 洋子 新潮文庫 2021年11月10日31刷
![](http://choshohyo.com/wp-content/uploads/2024/01/81MLxfGPCpL._AC_UL320_-1.jpg)
楽譜に書かれた音、愛鳥の骨、火傷の傷跡・・・・・・・。人々が思い出の品々を持ち込む 〔標本室〕 で働いているわたしは、ある日標本技術士に素敵な靴をプレゼントされた。「毎日その靴をはいてほしい。とにかくずっとだ。いいね」 靴はあまりにも足にぴったりで、そしてわたしは・・・・・・・。奇妙な、そしてあまりにもひそやかなふたりの愛。恋愛の痛みと恍惚を透明感漂う文章で描いた珠玉の二篇。(新潮文庫)
[目次]
薬指の標本
六角形の小部屋
この人の小説を読むといつも思うのですが、読書中に感じるあの不思議な感覚は、一体何なのでしょう。およそこの世のものとは思えない物語のあらましに、しかしそれでものめり込んでしまうのは、小川洋子の文章のどこにその秘密があるのでしょう。
透明で乾いた彼女の文章は、時に狂気を孕み、時に、思いのほかエロティックにも。但し、(何があろうと) 過ぎるということがありません。慎み深く密やかに、思いはそっと差し出されるのでした。
標本室の経営者であり標本技術士でもある弟子丸氏を慕うわたしの恋情は、明らかに常軌を逸しています。それを異常というのなら、そもそも弟子丸氏自身がそうでした。
事は、氏の思惑通りに進んでいきます。すべては - プレゼントとして氏からわたしに贈られた - 靴のせいでした。
氏の言いつけ通り、わたしは毎日その靴をはき続け、やがて靴はまるで生まれた時からわたしの足にくっついているみたいに見えるようになります。
靴が、足を侵し始めているのでした。そして靴の侵食は氏の侵食と繋がっています。靴を脱がないかぎり、氏からは逃げられません。絶対に自由になれないと言われ、わたしは、それでも靴を脱ごうとしません。
「自由になんてなりたくないんです。この靴をはいたまま、標本室で、彼に封じ込められていたいんです」 と。
ために、わたしはわたしの薬指を差し出そうとしています。標本にしてもらおうと、思っています。
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◆小川 洋子
1962年岡山県岡山市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。
作品 「揚羽蝶が壊れる時」「妊娠カレンダー」「博士の愛した数式」「沈黙博物館」「貴婦人Aの蘇生」「ことり」「ホテル・アイリス」「ブラフマンの埋葬」「ミーナの行進」他多数
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