『凶犬の眼』(柚月裕子)_柚月裕子版 仁義なき戦い

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『凶犬の眼』(柚月裕子), 作家別(や行), 書評(か行), 柚月裕子

『凶犬の眼』柚月 裕子 角川文庫 2020年3月25日初版

広島県呉原東署刑事の大上章吾が奔走した、暴力団抗争から2年。日本最大の暴力団、神戸の明石組のトップが暗殺され、日本全土を巻き込む凄絶な抗争が勃発した。首謀者は対抗組織である心和会の国光寛郎。彼は最後の任侠として恐れられていた。一方、大上の薫陶を受けた日岡秀一巡査は県北の駐在所で無聊を託っていたが、突如目の前に潜伏していたはずの国光が現れた。国光の狙いとは? 不滅の警察小説 『孤狼の血』 続編! (角川文庫)

シリーズ初作 『孤狼の血』の刊行は、2015年8月のことでした。

舞台は昭和63年の広島、架空都市の呉原である。所轄に赴任した新米刑事の日岡秀一は、マル暴のベテラン刑事・大上章吾とタッグを組んで、ヤクザ絡みの失踪事件の捜査に乗り出す。その過程で目の当たりにしたのは、ヤクザ以上にヤクザな大上の 悪徳刑事としての顔だった。

本書 『凶犬の眼』 は、その続編に当ります。

喧騒に満ちた灼熱の広島から、音もない極寒の北海道へ。プロローグのわずか七ページで、前作からがらっと空気が変わり、真新しい物語が始まることを予感させる。一章が始まるやいなや、さらに空気は変わる。(後略)

物語の序盤は、都会の刑事からド田舎の駐在さんへと転身した日岡の、鬱々とした心情が記録される。転勤後に流れたのは無為に等しい時間であり、この一年ちょっとのあいだに、使命感も熱い思いも薄れてしまっていた

そんな中、

鬱屈した日岡の前に、超大物ヤクザが現れる。史上最悪の暴力団抗争・明心戦争の抗争終結の鍵を握る人物と目されており、日本最大の暴力団組織の組長殺害に関与したとして全国指名手配中の、国光寛郎である。一度目の出会いは偶然だったが、二度目の邂逅は、国光からのアプローチだった

※明心戦争 - 「明」 は日本最大の暴力団組織、明石組。「心」は明石組と反目する、心和会。国光寛郎は心和会の傘下・義誠連合会で会長職にあります。

あんたが思っとるとおり、わしは国光です。指名手配くろうとる、国光寛郎です
わしゃァ、まだやることが残っとる身じゃ。じゃが、目処がついたら、必ずあんたに手錠を嵌めてもらう。約束するわい

必ず逮捕されるから、捕まるまでの猶予がほしい。そんな提案、かつての日岡であれば一蹴していただろう。(中略) しかし、大上というから警察学校では絶対教えてもらえないことを学び、そのを受け継いだ自覚のある日岡は、国光に詳しい事情を問いただしたうえで、異例の提案を受け入れる。

本作の、ここからが佳境。

必ずあんたに手錠を嵌めてもらう。日岡が国光と交わした約束はいつ、どのような形で果たされるのか? また、前作は 広島抗争 が題材となっていたが、今作では史上最大の暴力団抗争と言われる山一抗争 が題材に選ばれている。

しかし日岡は今作において、広島のどん詰まり の集落にいる。集落の外ではヤクザ同士の抗争が活発化しているものの、集落の中ではひたすらのどかな時間が流れているのだ。そうしたコントラストが、日岡の焦燥をさらに掻き立てる。ジリジリする彼の内面にひたすらフォーカスを当てながら、時限爆弾が破裂する瞬間を、今か今かと待ち望みながら読者もページをめくることとなる。(太字は全て解説より)

※書いているのは女性です。男性ではありません。「正義」 のことが書いてあるわけではありません。書いてあるのは 「仁義」 の通し方です。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆柚月 裕子
1968年岩手県生まれ。

作品 「臨床真理」「盤上の向日葵」「最後の証人」「検事の本懐」「検事の死命」「検事の信義」「ウツボカズラの甘い息」「朽ちないサクラ」「孤狼の血」他多数

関連記事

『この年齢(とし)だった! 』(酒井順子)_書評という名の読書感想文

『この年齢(とし)だった! 』酒井 順子 集英社文庫 2015年8月25日第一刷 中の一編、夭折

記事を読む

『ナイルパーチの女子会』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『ナイルパーチの女子会』柚木 麻子 文春文庫 2018年2月10日第一刷 彼女の友情が私を食べ尽

記事を読む

『回遊人』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『回遊人』吉村 萬壱 徳間書店 2017年9月30日初刷 妻か、妻の友人か。過去へ跳び、人生を選べ

記事を読む

『カルマ真仙教事件(中)』(濱嘉之)_書評という名の読書感想文

『カルマ真仙教事件(中)』濱 嘉之 講談社文庫 2017年8月9日第一刷 上巻(17.6.15発

記事を読む

『からまる』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『からまる』千早 茜 角川文庫 2014年1月25日初版 地方公務員の武生がアパートの前で偶然知り

記事を読む

『肩ごしの恋人』(唯川恵)_書評という名の読書感想文

『肩ごしの恋人』唯川 恵 集英社文庫 2004年10月25日第一刷 欲しいものは欲しい、結婚3回目

記事を読む

『ここは、おしまいの地』(こだま)_書評という名の読書感想文

『ここは、おしまいの地』こだま 講談社文庫 2020年6月11日第1刷 私は 「か

記事を読む

『恋する寄生虫』(三秋縋)_書評という名の読書感想文

『恋する寄生虫』三秋 縋 メディアワークス文庫 2021年10月25日27版発行

記事を読む

『業苦 忌まわ昔 (弐)』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『業苦 忌まわ昔 (弐)』岩井 志麻子 角川ホラー文庫 2020年6月25日初版

記事を読む

『かわいそうだね?』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『かわいそうだね?』 綿矢 りさ 文春文庫 2013年12月10日第一刷 あっという間で、綿矢り

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑