『愚行録』(貫井徳郎)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/05
『愚行録』(貫井徳郎), 作家別(な行), 書評(か行), 貫井徳郎
『愚行録』貫井 徳郎 創元推理文庫 2023年9月8日 21版
貫井徳郎デビュー三十周年記念プレミアムカバーで登場!
ええ、はい。あの事件のことでしょ? - 幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。深夜、閑静な住宅街に建つ一軒の家へ侵入した何者かによって、一家四人は惨殺された。友人、隣人らが語る数多のエピソードを通して浮かび上がる 「事件」 と 「被害者」。理想の家族に見えた彼らは、なぜ殺されたのか。確かな筆致と構成で人間の愚かさ、そして哀しさを描き切った傑作。(創元推理文庫)
3歳女児衰弱死
母親逮捕、育児放棄の疑い
3歳の女児を衰弱死させたとして、警視庁は24日、母親の田中光子容疑者 (35) を保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕した。母親には虐待の一つであるネグレクト (養育の怠慢・拒否) の疑いがある。死亡時の女児の体重は1歳児並みだった。警視庁は虐待が長期にわたっていたとみて調べている。
冒頭に記されたこの記事に注意してください。一家四人の惨殺事件とは別の、この事件のことをくれぐれも忘れないように。どこかは言えませんが、どこかで二つは繋がっています。
これまで多くの小説の解説を書いてきたけれど、ある意味、これほど解説の書きにくい作品はない。ネタばれになるとか、あらすじを紹介しにくいとかというような技術的な面ではなく、もっとこう、心情的にというか何というか、解説を書くことで自分が試されているような気分になるのだ。
物語の大筋は、一家殺害事件の被害者についてのインタビュー形式で構成されている。閑静な住宅街で起こった殺人事件。夫婦と二人の子供が、残忍な方法で殺された。被害者夫婦とゆかりのある人々へのインタビューを通し、事件の輪郭が少しずつ語られる。と同時に、一流大学を出て人並み以上の生活をしていた被害者夫婦が、いったいどんな人物だったのかも - 。
早稲田を出て、大手ディベロッパーに就職し、同世代の男性に比べると破格の収入を得ていた夫。聖心から慶応に入り、美人で常に人の輪の中心にいたお嬢さん育ちの妻。きちんと躾けられた可愛らしい二人の子供。何一つ欠けたところのない、絵に描いたような完璧な一家がいったい本当はどんな人たちだったのか、近所の人、同僚、同窓生などの証言によって浮き彫りになって行く。(後略)
インタビュイー (インタビューされる人) たちは確かに、被害者となった田向夫婦がどんな人たちだったかを語っている。だから読者は、「ああ、この二人はこういう人となりをしていたんだな」 とかなり具体的に想像することができる。なかなかにインパクトのあるエピソードが頻出し、完璧に見えた夫婦の隠された実情に驚いたり唸ったり、そしてゾッとしたり。ひとつひとつの証言に意外な展開があり、まるで幾つもの短編小説を読んでいるかのような気分にさせられるほどだ。
けれど読み進むうちに、違和感が膨らんでくる。
ここで語られているのは被害者である田向夫婦のことだ。それこそがメインであり、そしてそれだけのはずだ。なのに田向夫婦よりも、それを証言しているインタビュイーたちの印象が強く残るのはなぜだろう。
それこそが 『愚行録』 の真のテーマである。(解説より/部分的に割愛しています)
※解説中にある 「他人を評価し他人を語ることは、自分を評価し自分を語ることに他ならない」 という言葉が胸に刺さります。顧みて、自分はどうだったのだろうかと。登場するインタビュイーたちと何が違うのか。結局自分も、同じではないのだろうかと・・・・・・・。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆貫井 徳郎
1968年東京都生まれ。
早稲田大学商学部卒業。
作品 「慟哭」「乱反射」「後悔と真実の色」「プリズム」「微笑む人」「罪と祈り」他多数
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