『彼女の人生は間違いじゃない』(廣木隆一)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/11
『彼女の人生は間違いじゃない』(廣木隆一), 作家別(は行), 廣木隆一, 書評(か行)
『彼女の人生は間違いじゃない』廣木 隆一 河出文庫 2017年7月20日初版
まだ薄暗い、早朝のいわき駅。東京行きの高速バスに乗り込む、金沢みゆき。まもなく太陽も昇りきり、田んぼに一列に並んだ高圧電線の鉄塔が、車窓を流れてゆく。
東京駅のトイレで化粧を終えたみゆきは、渋谷へと向かう。スクランブル交差点を渡り、たどり着いたマンションの一室が、みゆきのアルバイト先の事務所だ。「YUKIちゃん、おはよう」と、ここでの彼女の名前で話しかける三浦。彼の運転する車の後部座席に乗って、出勤したのはラブホテル。彼女の仕事はデリヘルだ。
その日は客とトラブルになったが、それを解決してくれるのも三浦の役目だ。「何年目だっけ?」と帰り車の中で三浦に聞かれ、「来月でちょうど2年目です」と答えるみゆき。暗くなる前に、今度は鉄塔の表側を見ながら、福島へと帰る。仮設住宅に二人で暮らす父親の修には、東京の英会話教室に通っていると嘘をついていた。
月曜日になると、市役所勤めの日常に戻るみゆき。だが、その日はちょっとしたハプニングがあった。昼休みに、昔付き合っていた山本から会いたいというメールが入る。みゆきの母は震災で亡くなったのだが、そんな時に山本が放ったある一言が、二人の心の距離を広げたのだった。久しぶりに帰郷した山本はそのことを謝り、やり直したいと打ち明けるが、みゆきは「考えとく」と逃げるように立ち去る。
家では父が、酒を飲みながら母との思い出話ばかりを繰り返す。田んぼは汚染され、農業はできず、生きる目的を見失った父は、補償金をパチンコにつぎ込む毎日を送っている。みゆきはそんな父をなじり、腹立ちまぎれに家を出て行くが、こんな時に気が晴れる場所などどこにもなかった。
もう一人、みゆきと同じようにもがく男がいる。市役所の同僚の新田だ。東京から来た女子大生に、被災地の今を卒論のテーマにするからと、あの日からのことを取材されるが、言葉に詰まってほとんど答えられない。
週末になると東京へと通うみゆきの日々に、変化が訪れる。三浦が突然、店を辞めたのだ。みゆきは三浦がいると聞いた、ある意外な場所を訪ねるのだが - 。(映画 『彼女の人生は間違いじゃない』(17.7.15 公開済)の公式サイトより。一部割愛の上、「保証金」を「補償金」としています)
震災後の町はからっぽで、誰もが、何処へも行くあてがない。あいかわらず町は「喪中」みたいで息が詰まる感じがする。田畑のほとんどが無用の土地となり、海や山も同じとあっては、なすすべがない。
東北でもなく、福島でもなく、別の場所だったとしたらどうだろうと考えてみる。どうで自分はここで生まれてしまったのだろうと、いまさらながらに思い返してため息をつく。
人のことはわからない。人はきっと、他人のことはわからないのだと思う。だから、不用意に「頑張れ」などと言わないでほしい。「頑張る」べき未来が奪われた者に対して、何を「頑張れ」と言うのか。その後先を言えと言われて、何かあなたは言えるのでしょうか。
・・・・・・・・・
果てしない喪失感というものを未だ経験したことのない者からすれば、彼女がする全てのことが理解できるわけではありません。しかし、知らない何処かの町へ行き、アカの他人の中で違う自分を曝してみたいという気持ちはわからぬではありません。
みゆきにしてみれば、それが衝動的であろうとなかろうと、とにもかくにも、そことは違う別の場所へ行き、まるで違う別の自分を生きてみたかったのだろうと。
それが為に彼女は嘘をつき、毎週末高速バスに乗り、デリヘルのアルバイトをするために、東京へと出かけて行きます。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆廣木 隆一
1954年福島県郡山市生まれ。映画監督。
アテネフランセの映画技術美学講座で学ぶ。
作品 本作は廣木隆一による初の小説。
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