『ミシンと金魚』(永井みみ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『ミシンと金魚』(永井みみ), 作家別(な行), 書評(ま行), 永井みみ

『ミシンと金魚』永井 みみ 集英社 2022年4月6日第4刷発行

花はきれいで、
今日は、死ぬ日だ。

認知症を患うカケイは、「みっちゃん」 たちから介護を受けて暮らしてきた。ある時、病院の帰りに 「今までの人生をふり返って、しあわせでしたか? 」 とみっちゃんの一人から尋ねられ、カケイは来し方を語り始める。
父から殴られ続け、カケイを産んですぐに死んだ母。お女郎だった継母からは毎日毎日薪で殴られた。兄の勧めで所帯を持つも、息子の健一郎が生まれてすぐに亭主は蒸発。カケイと健一郎、亭主の連れ子だったみのるは置き去りに。やがて、生活のために必死にミシンを踏み続けるカケイの腹が、だんだん膨らみだす。
そして、ある夜明け。カケイは便所で女の赤ん坊を生み落とす。その子、みっちゃんと過ごす日々は、しあわせそのものだった。それなのに -- 。
暴力と愛情、幸福と絶望、諦念と悔悟・・・・・・・絡まりあう記憶の中から語られる、凄絶な 「女の一生」。(集英社)

第45回 すばる文学賞受賞作

プロの作家が書いた書評の一部を紹介したいと思います。(岸田奈美/河出書房新社 文藝 2022年夏季号掲載)

本作の魅力は、主人公・カケイさんの “語り” が持つ引力だろう。読み始めると、不思議に思うことがたくさんある。かわるがわる訪れる介護士を彼女はまとめて 「みっちゃん」 と呼び、愛する息子の死を忘れ、ついでに今の季節も忘れ、脈絡のない思い出話を鉄砲水みたいに差し込む。カケイさんが認知症を患っていると気づけば、その違和感にも、同情じみた合点がいく。

…….そうか。健一郎は死んだのか。どおりで、ここんとこ、見かけないとおもった。

ああ、ボケてんのね。頭の中に、身近な高齢者を思い浮かべたのは、私だけではないはずだ。

認知症患者と、明るく優しい介護士の、ほのぼのした日常ストーリーが始まるんだろうな。そう信じて読み進めていたら、思いっきり裏切られた。白昼夢のように混濁したカケイさんの記憶は、語りを通して、ミステリのように少しずつ紐解かれてゆく。

つくづく因果はめぐるんだね

カケイさんは、因果という言葉を何度も使う。人生に起こるすべてのことには、因果がある。認知症ゆえだろうと思っていた彼女の発言や行動のすべてには、壮絶な一生から織りなされる “因果” が、裏地のように縫い付いていて、度々驚かされる。(以下略)

お願いします。

認知症老人だからといって、カケイさんをバカにしないでください。忘れたことや思い出せないことがいくつもあって、それをごまかそうと余分なことを一杯言いますが、どうか叱らないでやってください。

あわてず、丁寧に読んでいくと、カケイさんが生きてきたこれまでの人生の艱難辛苦の数々が、手に取るように甦ってきます。そしてそれとは逆に、確かにあった幸せな日々の出来事も。

カケイさんは都度それらを思い出し、それで十分だと。花はきれいで、今日は、死ぬ日だ。 そんな心境に至ります。不幸だらけの人生でありながら、不幸だけではなかった彼女の一生が、自らの言葉で綴られています。その味わいを、存分に感じ取ってください。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆永井 みみ
1965年神奈川県生まれ。
ケアマネージャーとして働きながら執筆した本作で 第45回すばる文学賞を受賞。

関連記事

『教場』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『教場』長岡 弘樹 小学館 2013年6月24日初版 この人の名前が広く知られるようになったのは

記事を読む

『ワルツを踊ろう』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ワルツを踊ろう』中山 七里 幻冬舎文庫 2019年10月10日初版 金も仕事も住

記事を読む

『ミーツ・ガール』(朝香式)_書評という名の読書感想文

『ミーツ・ガール』朝香 式 新潮文庫 2019年8月1日発行 この肉女を、なんとか

記事を読む

『ママがやった』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『ママがやった』井上 荒野 文春文庫 2019年1月10日第一刷 「まさか本当

記事を読む

『護られなかった者たちへ』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『護られなかった者たちへ』中山 七里 宝島社文庫 2021年8月4日第1刷 連続

記事を読む

『ミスター・グッド・ドクターをさがして』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『ミスター・グッド・ドクターをさがして』東山 彰良 幻冬舎文庫 2014年10月10日初版 医

記事を読む

『遮光』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『遮光』中村 文則 新潮文庫 2011年1月1日発行 私は瓶に意識を向けた。近頃指がまた少し変

記事を読む

『何もかも憂鬱な夜に』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『何もかも憂鬱な夜に』中村 文則 集英社文庫 2012年2月25日第一刷 施設で育った刑務官の

記事を読む

『逃亡刑事』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『逃亡刑事』中山 七里 PHP文芸文庫 2020年7月2日第1刷 単独で麻薬密売ル

記事を読む

『あなたが消えた夜に』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『あなたが消えた夜に』中村 文則 朝日文庫 2018年11月15日発行 連続通り魔殺人事件の容疑者

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『黒猫亭事件』(横溝正史)_書評という名の読書感想文

『黒猫亭事件』横溝 正史 角川文庫 2024年11月15日 3版発行

『一心同体だった』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『一心同体だった』山内 マリコ 集英社文庫 2025年4月25日 第

『夜の道標』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『夜の道標』芦沢 央 中公文庫 2025年4月25日 初版発行

『フクロウ准教授の午睡 (シエスタ)』(伊与原新)_書評という名の読書感想文

『フクロウ准教授の午睡 (シエスタ)』伊与原 新 文春文庫 2025

『長くなった夜を、』(中西智佐乃)_書評という名の読書感想文

『長くなった夜を、』中西 智佐乃 集英社 2025年4月10日 第1

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑