『ミシンと金魚』(永井みみ)_書評という名の読書感想文

『ミシンと金魚』永井 みみ 集英社 2022年4月6日第4刷発行

花はきれいで、
今日は、死ぬ日だ。

認知症を患うカケイは、「みっちゃん」 たちから介護を受けて暮らしてきた。ある時、病院の帰りに 「今までの人生をふり返って、しあわせでしたか? 」 とみっちゃんの一人から尋ねられ、カケイは来し方を語り始める。
父から殴られ続け、カケイを産んですぐに死んだ母。お女郎だった継母からは毎日毎日薪で殴られた。兄の勧めで所帯を持つも、息子の健一郎が生まれてすぐに亭主は蒸発。カケイと健一郎、亭主の連れ子だったみのるは置き去りに。やがて、生活のために必死にミシンを踏み続けるカケイの腹が、だんだん膨らみだす。
そして、ある夜明け。カケイは便所で女の赤ん坊を生み落とす。その子、みっちゃんと過ごす日々は、しあわせそのものだった。それなのに -- 。
暴力と愛情、幸福と絶望、諦念と悔悟・・・・・・・絡まりあう記憶の中から語られる、凄絶な 「女の一生」。(集英社)

第45回 すばる文学賞受賞作

プロの作家が書いた書評の一部を紹介したいと思います。(岸田奈美/河出書房新社 文藝 2022年夏季号掲載)

本作の魅力は、主人公・カケイさんの “語り” が持つ引力だろう。読み始めると、不思議に思うことがたくさんある。かわるがわる訪れる介護士を彼女はまとめて 「みっちゃん」 と呼び、愛する息子の死を忘れ、ついでに今の季節も忘れ、脈絡のない思い出話を鉄砲水みたいに差し込む。カケイさんが認知症を患っていると気づけば、その違和感にも、同情じみた合点がいく。

…….そうか。健一郎は死んだのか。どおりで、ここんとこ、見かけないとおもった。

ああ、ボケてんのね。頭の中に、身近な高齢者を思い浮かべたのは、私だけではないはずだ。

認知症患者と、明るく優しい介護士の、ほのぼのした日常ストーリーが始まるんだろうな。そう信じて読み進めていたら、思いっきり裏切られた。白昼夢のように混濁したカケイさんの記憶は、語りを通して、ミステリのように少しずつ紐解かれてゆく。

つくづく因果はめぐるんだね

カケイさんは、因果という言葉を何度も使う。人生に起こるすべてのことには、因果がある。認知症ゆえだろうと思っていた彼女の発言や行動のすべてには、壮絶な一生から織りなされる “因果” が、裏地のように縫い付いていて、度々驚かされる。(以下略)

お願いします。

認知症老人だからといって、カケイさんをバカにしないでください。忘れたことや思い出せないことがいくつもあって、それをごまかそうと余分なことを一杯言いますが、どうか叱らないでやってください。

あわてず、丁寧に読んでいくと、カケイさんが生きてきたこれまでの人生の艱難辛苦の数々が、手に取るように甦ってきます。そしてそれとは逆に、確かにあった幸せな日々の出来事も。

カケイさんは都度それらを思い出し、それで十分だと。花はきれいで、今日は、死ぬ日だ。 そんな心境に至ります。不幸だらけの人生でありながら、不幸だけではなかった彼女の一生が、自らの言葉で綴られています。その味わいを、存分に感じ取ってください。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆永井 みみ
1965年神奈川県生まれ。
ケアマネージャーとして働きながら執筆した本作で 第45回すばる文学賞を受賞。

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