『神様からひと言』(荻原浩)_昔わたしが、わざとしたこと
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最終更新日:2024/01/08
『神様からひと言』(荻原浩), 作家別(あ行), 書評(か行), 荻原浩
『神様からひと言』荻原 浩 光文社文庫 2020年2月25日43刷

大手広告代理店を辞め、「珠川食品」 に再就職した佐倉凉平。入社早々、販売会議でトラブルを起こし、リストラ要員収容所と恐れられる 「お客様相談室」 へ異動となった。クレーム処理に奔走する凉平。実は、プライベートでも半年前に女に逃げられていた。ハードな日々を生きる彼の奮闘を、神様は見てくれているやいなや・・・・・・・。サラリーマンに元気をくれる傑作長編小説。(光文社文庫)
以前私が勤めていたのは、地方の田舎町にある、社員が全部で100名余りの会社でした。勤続年数は20年を超え、管理職にもなってはいたのですが、結局私は50歳を前にその会社を辞めました。
後悔や未練といったものは一切ありません。確たる何かもない中で、むしろ私にすれば長く続いた方だと思っています。
仕事絡みの人間関係の凡そ一切合切が、嫌で嫌で仕方ありませんでした。職場の上司の大半がつまらない人間に思え、自分がその部下だと思うと、やりきれない気持ちになりました。そんな状況からとにかく脱出したい。そんな思いで辞めました。
昔、管理職になった頃の事です。年明け早々、4月から始まる新年度の方針を話し合う各部署毎の管理職会議がありました。出席者は担当部長と各課の課長。会議は、まずは部全体の方針を示す部長の 「事業方針」 の説明から始まります。
実は、時の部長はご丁寧にも前日に、明日の会議までに目を通しておくようにと、出席予定のメンバー全員に、(A4用紙一枚程度の) 自らが手書きした事業方針の “素案” のコピーを渡していたのでした。(部長は新任でした。張り切っていたのだと思います)
ところが、その “素案” の文章があまりにひどかった。尤もらしく専門用語が多用されてはいるものの、どこかにあった誰かの文章を適当に貼り合わせて繋げているのがみえみえで、結局何が言いたいのか皆目わかりません。その上漢字の間違いが六つも七つもあります。
会議は、部長が (前日渡されたものと同じ) “素案” を読み上げて終わりになる、まことに予定調和的な展開で進みます。
誰も、何も発言しません。日頃のワンマンぶりに恐れをなして、わかっていながら、皆が下を向いたまま黙っています。
何かをやり遂げたような、部長の満足気な顔。会議が終わろうとする、その間際まで、密かに私は、その文章のデタラメさについて意見を言うか言うまいか、それだけを考えていました。
ギリギリになって思わず手を上げたのは、以前から私が、その部長のことをどこか胡散臭いと感じていたからだと思います。いつか機会があれば正体を暴いてやろうと、ざまあないと、皆の前で恥をかかせたかったのだと思います。
覚悟の上とはいえ、実にサラリーマンにはあるまじきことでした。しかし、後悔はしていません。後悔すべきは、自ら無知を晒し、無知を無知とも思わない、気付きもしない時の部長に違いないのですから。
上司のことだけではありません。何かに強い不満を感じ、何かをとても辛いと思う。毎日自分はどこを目指して働いているのか。迷う時、心底辞めたいと思う時。敗北感に打ちのめされて、立ち上がれそうもない時に、試しにこの小説を読んでみてください。
著者からも 「ひと言」 『神様からひと言』 を書きはじめた頃の僕は、この小説でいったい何が言いたいのか、人にはもちろん、自分自身にもうまく説明できませんでした。半分ほど書き上げたある日、証券会社をリストラされた友人から、メールが届きました。「知り合いが自殺した」 その時に、何を書くべきか、はっきり言葉になりました。「死ぬな」 です。会社や仕事なんかのために、死ぬな、僕の会社員時代、手ひどいトラブルに見舞われた時や、逃げ出したくなるような決断に迫られた時、同僚のひとりが、よくこう言ってました。「だいじょうぶ、死にゃあしねぇよ」 ほんとうにそう。死ぬほどつらいのは、生きている証拠です。 荻原 浩
この本を読んでみてください係数 85/100

◆荻原 浩
1956年埼玉県大宮市生まれ。
成城大学経済学部卒業。
作品 「オロロ畑でつかまえて」「明日の記憶」「金魚姫」「誰にも書ける一冊の本」「砂の王国」「噂」「二千七百の夏と冬」「海の見える理髪店」他多数
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