『カインは言わなかった』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『カインは言わなかった』(芦沢央), 作家別(あ行), 書評(か行), 芦沢央

『カインは言わなかった』芦沢 央 文春文庫 2022年8月10日第1刷

男の名は、カイン。
旧約聖書において、人類最初の殺人者 として描かれる男 - 。嫉妬、野心、罠 - 誰も予想できない衝撃の結末。

藤谷 誠   新作公演 「カイン」 に全身全霊を傾けるが、初日直前に失踪。
藤谷 豪   誠の弟。美しい容姿を持つ画家。「カイン」 の舞台美術を担当する。
誉田 規一 HHカンパニー主宰。”世界のホンダ” の異名を持つ。
尾上 和馬 誠のルームメイト。代役として主役カインに抜擢される。

「世界の誉田」 と崇められるカリスマ芸術監督が率いるダンスカンパニー。その新作公演直前に、主役の藤谷誠が姿を消した。すべてを舞台に捧げ、壮絶な指導に耐えてきた男に一体何が? 誠には、美しい画家の弟・豪がいた。芸術の神に魅入られた人間と、なぶられ続けてきた魂の叫び。哀しき業に迫る慟哭ミステリー。(文春文庫)

(最終的な) 謎は解けるのですが、それとは別に、”人ならざる” 気配が残ります。主たる登場人物たちは、「人」 と 「神」 の間を行き来するような。多くを語らず、語らないままに、物語は幕を閉じます。

題材となっているのは、(おそらく一般的には馴染みが薄いであろう) バレエやダンスです。最初、取っ付き難いかもしれません。しかし、そこは大丈夫。(解説で) 角田光代氏は、以下のように述べています。

クラシック・バレエにもコンテンポラリー・ダンスにもまったく縁のない私には、バレエ用語もテクニックの名称もまったくわからず、その動きを思い浮かべることもできないのだが、この小説はそんなことはいっさい感じさせず、読者にその踊りの激しさや静けさやうつくしさをありありと感じさせながら進む。そうさせる理由のひとつは、小説の冒頭からまったく途切れることなく貫かれている、緊迫感のせいだろう。

主役を演じるはずの誠が音信不通になった。とはいえ何日も連絡がつかないわけではない。前の晩にメールを送ってきたきり、恋人のあゆ子が電話をかけなおしても出ない。それだけのことなのに、読み手はすでにざわざわとした不穏な緊迫感のなかに放り投げられ、緊迫感に幾度も叫び出しそうになりながらも、読みやめることができずに、何が狂っているのかわからない世界へと一気に進まざるを得なくなる。

だから、この小説をあえて分類するならば、牽引力の非常に強いミステリーといえるのだけれど、でも本作のいちばんの凄みは、たんなる謎解きを超えた - もっといってしまうならば、謎そのものがどうでもよくなるくらいの、物語の重厚さ、含有するテーマの複雑性にあるように思う。

そして、結論。

この小説そのものが、底の知れない沼のようだ。読みはじめたら、逃げられずに沈んでいく 恐怖を快楽にかえて、読み耽るしかない。- 角田光代 (解説より)

主たる登場人物は上記の4人ですが、4人に絡む人物が何人も登場し、それぞれが、それぞれ内に抱えた苦悩を語ります。あるいは、敢えてそれを語りません。中で特別異質な存在が、誉田規一であるわけです。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆芦沢 央
1984年東京都生まれ。
千葉大学文学部史学科卒業。

作品 「罪の余白」「今だけのあの子」「許されようとは思いません」「いつかの人質」「悪いものが、来ませんように」「火のないところに煙は」「貘の耳たぶ」他

関連記事

『告白』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『告白』湊 かなえ 双葉文庫 2010年4月11日第一刷 「愛美は死にました。しかし、事故ではあり

記事を読む

『切り裂きジャックの告白』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『切り裂きジャックの告白』中山 七里 角川文庫 2014年12月25日初版 東京・深川警察署の

記事を読む

『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(尾形真理子)_書評という名の読書感想文

『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』尾形 真理子 幻冬舎文庫 2014年2月10日初版 年

記事を読む

『拳に聞け! 』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『拳に聞け! 』塩田 武士 双葉文庫 2018年7月13日第一刷 舞台は大阪。三十半ばで便利屋のア

記事を読む

『地獄への近道』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『地獄への近道』逢坂 剛 集英社文庫 2021年5月25日第1刷 お馴染み御茶ノ水

記事を読む

『variety[ヴァラエティ]』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『variety[ヴァラエティ]』奥田 英朗 講談社 2016年9月20日第一刷 迷惑、顰蹙、無理

記事を読む

『月魚』(三浦しをん)_書評という名の読書感想文

『月魚』三浦 しをん 角川文庫 2004年5月25日初版 古書店 『無窮堂』 の若き当主、真志喜と

記事を読む

『藻屑蟹』(赤松利市)_書評という名の読書感想文

『藻屑蟹』赤松 利市 徳間文庫 2019年3月15日初刷 一号機が爆発した。原発事

記事を読む

『空海』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『空海』高村 薫 新潮社 2015年9月30日発行 空海は二人いた - そうとでも考えなければ

記事を読む

『月蝕楽園』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文

『月蝕楽園』朱川 湊人 双葉文庫 2017年8月9日第一刷 癌で入院している会社の後輩。上司から容

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑