『八月の母』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『八月の母』早見 和真 角川文庫 2025年6月25日 初版発行

連綿と続く女たちのを描く、著者究極の代表作

イノセント・デイズを今一度書く。そして超えるがテーマでした。僕自身はその確信を得ています -- 早見和真

八月は、血の匂いがする - 。
愛媛県伊予市に生まれた越智エリカは、この街から出ていきたいと強く願っていた。男は信用できない。友人や教師でさえも、エリカを前に我を失った。スナックを営む母に囚われ、蟻地獄の中でもがくエリカは、予期せず娘を授かるが・・・・・・・。あの夏、あの団地の一室で何が起きたのか。嫉妬と執着、まやかしの 「母性」 が生み出した忌まわしい事件。その果てに煌めく一筋の光を描いた 「母娘」 の物語。(角川文庫)

解説の冒頭、筆者の窪美澄さんは、(たいへん書きづらかったであろう) 自分の出自についてを明かしています。そこを読み、この物語を語るには、それで十分だと感じました。

500ページ近くある 「幾重にも絡まる母娘の物語」 が言いたいのはつまりはこれなんだと、固く確信を持ちました。何代にも続く母娘の確執。その因縁の先に光は見えるのでしょうか。長くつらい話に、どうか折れないように。心して読んでください。

家族ってなんだろう。母ってなんだろう、と子どもの頃から思い続けてきて、六十を目の前にしてなお、答えが出ない。この場を借りて、いきなり自分の人生を語ってしまうけれど、私の母は私が十二のときに、私を含む三人の子どもを置いて家を出た。下の弟はまだ四歳だった。

つまり、私は母に捨てられた子どもだ。父や祖母との関係が悪かったからだろう、商家の暮らしに慣れなかったからだろう、といくつものだから母は家を出たのだという仮定を思い浮かべてきたものの、やっぱりその答えははっきりとはしない。

その母が八十代半ばを過ぎ、認知症になった。月に一度か、二度、元気にしているの? と電話がかかってくる。電話の最後はいつもこうだ。「元気に過ごすのよ。あなたのことをいつも心配しているからねうん、ありがとうと言葉を返しながら、私の血がいまだ沸騰する。心のどこかでこう思っている。そうやって、そのまま逃げ切るつもりなんだ、と。

いい加減しつこいよ、と言われることはわかっているし、自分でもそう思っている。けれど、母が死んだら、いまだにくすぶるこの思いはどこへ向かうのだろう、と私のなかにある小説家の目がその行方をじっと見つめている

そんな自分の出自を思い浮かべずにはいられない、そういう読書になった。

※この物語には、元になった実話があるそうです。ただ、そう言われてもすぐには信じられないと思います。親と子の関係は様々で、もちろん良い関係ばかりではないというのはわかるのですが、ここまで救いようがないのは見たことも聞いたこともありません。捻じれに捻じれた関係に、読めば必ず 「家族ってなんだろう」 「母ってなんだろう」 と思うはずです。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆早見 和真
1977年神奈川県横浜市生まれ。
國學院大學文学部中退。

作品 「ひゃくはち」「スリーピング・ブッダ」「イノセント・デイズ」「東京ドーン」「6 シックス」「ぼくたちの家族」「店長がバカすぎて」「ザ・ロイヤルファミリー」他多数

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