『暗幕のゲルニカ』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『暗幕のゲルニカ』(原田マハ), 作家別(は行), 原田マハ, 書評(あ行)

『暗幕のゲルニカ』原田 マハ 新潮文庫 2018年7月1日発行

反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画、ピカソの 〈ゲルニカ〉。国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、突然姿を消した--誰が 〈ゲルニカ〉 を隠したのか? ベストセラー 『楽園のカンヴァス』 から4年。現代のニューヨーク、スペインと大戦前のパリが交錯する、知的スリルにあふれた長編小説。(新潮社)

物語は、1937年4月29日、グランゾーギュスタン通りにあるピカソのアトリエ兼住居で幕を開ける。視点人物は、ピカソの若い愛人で、〈泣く女〉 など多くの名画のモデルをつとめたことでも知られる写真家のドラ・マール。のちに 〈ゲルニカ〉 制作過程の写真を撮影し、後世に貴重な記録を残す彼女の目から、〈ゲルニカ〉 誕生のドラマとその後の数奇な運命が描かれてゆく。(後略)

ピカソは、内戦のさなかにあるスペイン共和国政府の依頼を受け、この年の5月に開幕するパリ万国博覧会のスペイン館のために、壁を埋めつくすほど巨大な新作を描くことになっていた。アトリエに届けられたキャンバスは、約350センチ×780センチ。何を描くべきか思い悩むピカソだが、その朝の新聞がすべてを変える。(大森望氏の解説からの抜粋/新潮社webサイトより)

かつて、パリ万博のための新作を依頼され、何を描くべきか思い悩んでいた矢先のピカソは、ある日、朝刊にこんな記事が載っていると知らされます。

ゲルニカ 空爆される
スペイン内戦始まって以来 もっとも悲惨な爆撃 - 。

真っ黒に焼き尽くされた廃墟の写真。吹き飛ばされた建物、おびただしい瓦礫、累々と積み重なる - 死体。ピカソは、穴が空くほど紙面に見入ります。そこには特大の文字の見出しで、信じ難い出来事が報じられていたのでした。

これが 〈ゲルニカ〉 誕生の物語の発端。そして、それとは別の、もう一つの物語。

2001年9月11日。ニューヨーク。その物語は、二機の旅客機がワールド・トレード・センターを突如襲った、あの悪夢の日から始まってゆきます。

主人公は日本人キュレーター、八神瑤子。彼女は優秀なピカソ研究者で、35歳でニューヨーク近代美術館(MoMA)に採用され、花形部門である絵画・彫刻部門でアジア人初のキュレーターとなっています。

彼女は愛する夫でアート・コンサルタントのイーサンと幸せな結婚生活を送っていました。ところがその日、イーサンは変らぬ様子で仕事に行ったまま、二度と再び瑤子の前に姿を見せなくなります。世紀の大惨事に巻き込まれ、彼は還らぬ人となったのでした。

その頃瑤子は、「マティスとピカソ」 と題する企画展を手がけています。テロの後、彼女はそれを 「ピカソの戦争:ゲルニカによる抗議と抵抗」 へと変更することを決意します。

ゲルニカ空爆と9 ・11テロ、二つの大きな悲劇が対置され、ピカソの 〈ゲルニカ〉 が第二次大戦とイラク戦争をつなぐ。 題名の “暗幕のゲルニカ” とは、ニューヨークの国連本部、国連安全保障理事会の入口に飾られている 〈ゲルニカ〉 のタペストリーのこと。しかし、2003年2月、コリン・パウエル米国務長官がイラク空爆を示唆する演説をそこで行った際、くだんの 〈ゲルニカ〉 は、なぜか青いカーテンと国旗で隠されていた。

この史実を下敷きに、原田マハは空想の翼を広げ、小説は虚実皮膜の間を縫うように進んでゆく。後半の焦点は、瑤子が企画する 「ピカソの戦争」展と 〈ゲルニカ〉 をめぐる策謀。物語はクライマックスに向かってどんどん加速し、『楽園のカンヴァス』 をも凌ぐ壮大な美術ドラマが展開する。驚愕のラストまで目が離せない。(大森氏の解説の続き/一部割愛)

※〈ゲルニカ〉 がパリ万博のスペイン館で展示されているときの話。ある日、それをナチスの将校が見に来たそうです。その時たまたまピカソが絵の前にいて、一触即発の状況になったといいます。

この絵を描いたのは貴様か」 と尋ねる将校に向かって、ピカソはこう言い返したのだそうです。
いいや。あんたたちだ

こんなエピソードを知っただけでも、ちょっと得をしたような気分になります。美術好きにはたまらない。そうでなくても、為になります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆原田 マハ
1962年東京都小平市生まれ。
関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史学専修卒業。

作品 「カフーを待ちわびて」「楽園のカンヴァス」「ジヴェルニーの食卓」「あなたは、誰かの大切な人」「まぐだら屋のマリア」「異邦人」他多数

関連記事

『悪と仮面のルール』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『悪と仮面のルール』中村 文則 講談社文庫 2013年10月16日第一刷 父から「悪の欠片」と

記事を読む

『影裏』(沼田真佑)_書評という名の読書感想文

『影裏』沼田 真佑 文藝春秋 2017年7月30日第一刷 北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の

記事を読む

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』大島 真寿美 文春文庫 2021年8月10日第1刷

記事を読む

『神様の裏の顔』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『神様の裏の顔』藤崎 翔 角川文庫 2016年8月25日初版 神様のような清廉潔白な教師、坪井誠造

記事を読む

『異類婚姻譚』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『異類婚姻譚』本谷 有希子 講談社 2016年1月20日初版 子供もなく職にも就かず、安楽な結

記事を読む

『アレグリアとは仕事はできない』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『アレグリアとは仕事はできない』津村 記久子 ちくま文庫 2013年6月10日第一刷 万物には魂

記事を読む

『悪果』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪果』黒川 博行 角川書店 2007年9月30日初版 大阪府警今里署のマル暴担当刑事・堀内は

記事を読む

『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『彼女は頭が悪いから』姫野 カオルコ 文藝春秋 2018年7月20日第一刷 (読んだ私が言うのも

記事を読む

『阿蘭陀西鶴』(朝井まかて)_書評という名の読書感想文

『阿蘭陀西鶴』朝井 まかて 講談社文庫 2016年11月15日第一刷 江戸時代を代表する作家・井原

記事を読む

『エレジーは流れない』(三浦しをん)_書評という名の読書感想文

『エレジーは流れない』三浦 しをん 双葉社 2021年4月25日第1刷 海と山に囲

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『八月の母』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『八月の母』早見 和真 角川文庫 2025年6月25日 初版発行

『おまえレベルの話はしてない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『おまえレベルの話はしてない』芦沢 央 河出書房新社 2025年9月

『絶縁病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『絶縁病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2025年10月11日 初版第1

『木挽町のあだ討ち』(永井紗耶子)_書評という名の読書感想文

『木挽町のあだ討ち』永井 紗耶子 新潮文庫 2025年10月1日 発

『帰れない探偵』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『帰れない探偵』柴崎 友香 講談社 2025年8月26日 第4刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑