『悪口と幸せ』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『悪口と幸せ』姫野 カオルコ 光文社 2023年3月30日第1刷発行

美貌も 知名度も 偏差値も 功績も すべてをぶっとばす、あの部分

ルッキズムの悪口は蜜の味? ヒメノ式家族の寓話へようこそ
昭和の少女雑誌に掲載された絵物語 「王女アンナ」。元子は奇妙な物語の世界に引き込まれていく (「王女アンナ」) 女優・紫さぎりは長きにわたり人気女優として活躍しているが、彼女には大きなコンプレックスが・・・・・・・。(「女優さぎり」) 昭和・平成・令和と続く家族のあり方とルッキズムの問題を描く、姫野カオルコの真骨頂となる小説集。(光文社)

〔CONTENTS〕
1 王女 アンナ
2 王妃 グレース
3 女優 さぎり
4 モデル antiミリセント・ロバーツ

姫野カオルコの新刊 『悪口と幸せ』 を読みました。帯に 「昭和 - 平成 - 令和 それぞれの時代の風俗を巧みに取り込みながら容姿への疑問と不安を物語に昇華させた連作集」 とあります。

主たるテーマは、ルッキズム。人を “見た目” でとやかく言うのはいけないことだとわかっていても、人は往々にして (知らず知らずの内に) その基準に則って人を “選別” しています。それはもう否応なくそうであるわけです。

太っているとかいないとか、目がどうだとか鼻がどうだとか、胸の形がどうだとか、足が細くて長いだとかO脚だとか、そばかすだらけの顔で色気のいの字もないだとか・・・・・・・、人の容姿を勝手気ままにあげつらい、外見で評価・差別することを 「ルッキズム」 といいます。広く社会に根付くこの傾向に、姫野カオルコは、一言もの申さずにはいられなかったのだと思います。その元々が、幼い頃に読んだ少女雑誌にありました。

集団下校時に教頭先生が、あの花はサルビアだと教えてくれ、私と妹は、寄って凝視した。「もっちゃん、サルビアだって」 「〈サルビア王国〉 の、サルビアって花の名前だったんだね」 と、二人で感激した。花の名の王国が出てくる話を 『別冊ガーネット』 で読んだのだ。

もっちゃん。妹は私をそう呼ぶ。りっちゃん。私は妹をそう呼ぶ。
元子。梨紗。姉妹なのに、なぜ私だけ 「子」 の付く名前なのだろう。牧美也子やわたなべまさこの漫画を読んでいた私はよく思った。りっちゃんの、梨紗という名前は、主人公のようなのにと。

そのころ、同じくらいの年の女の子たちは、たいてい 「子」 の付く名前で、たまに 「子」 が付かない子がいても、まゆみ、あけみ、たまに、まり。それくらいだった。

さゆり、さぎり、は目の大きな、長い髪にりぼんをつけた、バレエを習っている主人公の名前。みどりならオープンカーに乗る兄がいる主人公の名前。私のクラスにも学年にも、主人公は一人もいない。梨紗ともなれば、もっと主人公の名前。家に遊びに来た私のクラスの子は、妹だと紹介すると、字ではなく音で名前を聞くから 「リサ? 外国に行っても通じるわね」 とみな言った。

(サルビア王国か・・・・・・・)
秋晴れのサルビアを見て、私は 『別冊ガーネット』 をさがした。改装後の大掃除はおもに妹がしてくれ、何をどこにしまったかもだいたい教えてくれていたが、私は墓掃除の後はすぐに帰ってしまっていたから、この物置に長くいたことが、よく考えたら二十年間なかった。

スチール棚の、アルバムやレコードのそばに古い漫画や本はまとまっていた。「王女アンナ前・後」 と油性マジックで書かれた袋があった。名鉄百貨店の、大きなマチをとった紙袋。(本文より)

いまさらに、元子が 「王女アンナ」 について “考察し直した” のには、訳があります。王女アンナには、実はもう一人、ルンナという妹王女がいたのでした。アンナとルンナの関係が、どこかしら自分と梨紗との関係に通じるものを察したからでした。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆姫野 カオルコ
1958年滋賀県甲賀市生まれ。
青山学院大学文学部日本文学科卒業。

作品 「受難」「整形美女」「ツ、イ、ラ、ク」「ひと呼んでミツコ」「昭和の犬」「純喫茶」「部長と池袋」「彼女は頭が悪いから」他多数

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