『異邦人(いりびと)』(原田マハ)_書評という名の読書感想文
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『異邦人(いりびと)』(原田マハ), 作家別(は行), 原田マハ, 書評(あ行)
『異邦人(いりびと)』原田 マハ PHP文芸文庫 2018年3月22日第一刷
たかむら画廊の青年専務・篁一輝(たかむら・かずき) と結婚した有吉美術館の副館長・菜穂は、出産を控えて東京を離れ、京都に長期逗留していた。妊婦としての生活に鬱々とする菜穂だったが、気分転換に出かけた老舗の画廊で、一枚の絵に心を奪われる。画廊の奥で、強い磁力を放つその絵を描いたのは、まだ無名の若き女性画家。深く、冷たい瞳を持つ彼女は、声を失くしていた - 。京都の移ろう四季を背景に描かれる、若き画家の才能をめぐる人々の 「業」。『楽園のカンヴァス』 の著者、新境地の衝撃作。(紀伊國屋書店ウェブサイトより)
有吉菜穂・改め篁菜穂は、以下のようにして運命的な出会いを果たします。京都でのホテル暮らしに辟易し、気分転換にと、何気に町へ出かけた日のことでした。
京阪線の三条駅でタクシーを下り、少し南へ下って、新門前通りに入る。骨董屋のしかつめらしい門構えを眺めて歩くうちに、見覚えのある日本画の画廊に行き合った。
結婚前に、一輝と京都を旅行して、なかなか気に入った日本画をみつけ、その場で買ったことを、菜穂は唐突に思い出した。「刺さる」 という感じではなかったが、気に入ったのだ。京都画廊の名のある画家の手によるものだった。画家の名前は志村照山といった。
その (美濃山画廊の) 奧の応接室に、一枚の、青葉を描いた絵が掛かっています。
- クレーのような、青葉の連なり。
一輝と一緒に行った、パウル・クレーの展覧会。淡い色、ときには深い色彩を重ねて、クレーの絵の数々がさざ波のように菜穂の胸に立ち上った。まさか、クレーの絵ではあるまい。けれど、クレーの絵のいちばんいい部分を集約し、日本画に翻訳したような、抽象的な青葉の絵だった。ショウウィンドウに出ていた志村照山の作品よりも、はるかに強い磁力を放つ絵。
自分の中で、何かが、ことりと動く感じがあった。
いや、違う。動いたのではない。刺さったのだ。
菜穂の胸中に、得体の知れない感情が、つむじ風のように巻き起こった。
えも言われぬ感情。見果てぬ欲望の予感があった。(P52)
その絵こそが - まだ無名の若き女性画家・白根樹 (菜穂と並ぶこの物語のもう一人の主人公) - その人が描いたものでした。
そのとき菜穂は、まだ何も知りません。「しらね・たつる」 が男性なのか、女性なのかさえも。しばらく経って、ようやく菜穂は “彼女” とめぐり会うことになります。
その人は、美しい。そして、哀しい。
聞こえはするものの、樹は声に出して話をすることができません。たいていは薄く微笑みながら、頭を縦にか横にか振ることで自分の意思を伝えます。際立った才能がありながら、あたかもそれを隠すようにして、樹は照山のもとで暮らしています。
弟子ではありながら、しかし樹と照山の間には、尋常ならざる “男と女の関係” が、あるのやら、ないのやら。すでに師匠の照山を凌駕するほどの技量を持ちながら、彼女が未だ正式に画壇デビューを果たせないでいるのは、何があってのことなのか。
いまはまだ無名の、しかし天賦の才能の持ち主の若き一人の女性画家に対し、菜穂もまた、他人にない審美眼の持ち主でした。その眼力は絶対で、菜穂は自分の直感に対し、梃子でも動かぬ信念を持っています。
自らの手で、必ずや白根樹を表舞台に立たせてみせる - 異邦人を寄せ付けず、強固なまでに古い因習にばかり固着する京都画壇の中にあって、無謀な闘いに向け、菜穂の心はなお一層燃え上がるのでした。
その過程において、菜穂は亡き祖父・喜三郎の、自分にも樹にも関わる、思いもしない過去を知ることになります。喜三郎をよく知る京都の人々の中にあって、おそらくは、菜穂だけがそれを知りません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆原田 マハ
1962年東京都小平市生まれ。
関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史学専修卒業。
作品 「カフーを待ちわびて」「楽園のカンヴァス」「ジヴェルニーの食卓」「あなたは、誰かの大切な人」「さいはての彼女」「まぐだら屋のマリア」他多数
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