『五つ数えれば三日月が』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『五つ数えれば三日月が』(李琴峰), 書評(あ行), 李琴峰

『五つ数えれば三日月が』李 琴峰 文藝春秋 2019年7月30日第1刷

日本で働く台湾人の私、台湾に渡った友人の実桜。平成最後の夏の日、二人は東京で再会する。
話す言葉、住む国 - 選び取ってきたその先に、今だから伝えたい思いがある。募る思い、人を愛するということ。そのかけがえのなさを繊細に描き出す21世紀の越境文学。(文藝春秋)

第161回芥川賞候補作 『五つ数えれば三日月が』 を読みました。

台湾のことは割と好きで (何度か行ったことがあります)、だから読んでみようと。その期待の、半分は当たりました。

二つある舞台の一つが台湾で、台湾で結婚した実桜の暮らしは (あたり前ですが) 日本のそれとはまるで違うのですが、彼女は存外そこでの暮らしに溶け込んでいます。台湾特有の古くからの慣習にもさほど拘ってはいない風に見受けられます。

それは日本で働く台湾人の林妤梅 (リンユーメイ) にも言えることで、現在の実桜の状況とは大きく違い、彼女は日本の大学院を修了した後、新卒採用で東京の信託銀行に営業職として就職し、今は法人に向けた金融商品の拡販に躍起になっています。

実桜も、妤梅も、自分が自分で選んだ運命故、それを粛々と受け止め、また受け入れてもいます。それは確かなことですが、にもかかわらず、二人は時として今の自分がわからなくなります。知り合い一人いない異国の地で、一体自分は何がしたいのだろう、どうなりたいのだろうと。

李作は(この作品は)、台湾から日本の大学院に進学し日本の銀行に就職した 「私」 と、中国留学経験があり日本語教師として台湾へ渡った浅羽実桜の再会を描く。大学院で知り合った二人は、卒業を境に母国を入れ替えるように道を分かち、5年ぶりに再会したのだ。「私」 は実桜に思いを寄せているが、実桜は台湾人と結婚した。5年の空白は、同性愛の揺らぎに、異文化に身を置いたがゆえの二人のアイデンティティの揺らぎを重ねて、「私」 に思いの遣り場を見失わせる。(週刊新潮レビューより抜粋)

同性愛? そんなことはどこにも書いてありません。そう言われて初めて気付くのは、土台私が鈍感だからでしょうか。

私はてっきり、違うことを考えながら読んでいました。台湾で暮らすと決めた実桜の覚悟。日本で働く 「私」=妤梅 の覚悟。二人がした覚悟に大きな違いがあるのだろうか、ないのだろうかと。

「私」= 妤梅 が思う、こんな文章があります。5年ぶりに再会し、食事をしている最中のことです。「私」 は実桜に、「実桜ちゃんは、結婚してみて、どう思う? 」 と訊いたのでした。そして 「私」 は、そんな質問をした自分を強く後悔します。

実桜は幸せそうに過ごしている。優しい夫と、気を遣ってくれている新しい家族と一緒に暮らしている。不安定なところもあるけれど、平穏な日々を送っている。それで大丈夫、とは思う。きっとそれでいい、とも思う。でもやはり寂しかった。その寂しさはきっと、実桜の幸福を素直に喜べない自分のひねくれた性格に由来するものだ。自分は何故実桜にそんな質問をしたのだろう。答えは明白だった。私は僅かながら実桜に期待していた。求めていた。会社の男達が私に 「結婚できない可哀そうな女」 という幻想を見出そうとするように、私もまた実桜に、「結婚して自由を奪われた可哀そうな女」 という虚像を求めていた。きっとそんな虚像を見て助かろうとしていたのだ。(本文 P52.53より)

この 「私」= 妤梅 の独白をあなたはどう理解するのでしょう? 彼女は、実は今の仕事にかなり苦労しています。当初彼女が日本の職場に描いた理想と大きく異なる現状を前にして 「こんなはずではなかった」 という彼女の思いと裏腹に、実桜は確実に台湾に根を下ろし不足なく生きている - その落差ゆえ、つい口にした弱音ではないのかと。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆李 琴峰(り・ことみ)
1989年台湾生まれ。
2013年来日、早稲田大学大学院修士課程入学。

作品 2017年、「独舞」 で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。著書に 『独り舞』(講談社) がある。

関連記事

『大人になれない』(まさきとしか)_歌子は滅多に語らない。

『大人になれない』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年12月5日初版 学校から帰

記事を読む

『海を抱いて月に眠る』(深沢潮)_書評という名の読書感想文

『海を抱いて月に眠る』深沢 潮 文春文庫 2021年4月10日第1刷 世代も国境も

記事を読む

『大阪』(岸政彦 柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『大阪』岸政彦 柴崎友香 河出書房新社 2021年1月30日初版発行 大阪に来た人

記事を読む

『アニーの冷たい朝』(黒川博行)_黒川最初期の作品。猟奇を味わう。

『アニーの冷たい朝』黒川 博行 角川文庫 2020年4月25日初版 大阪府豊中市で

記事を読む

『失はれる物語』(乙一)_書評という名の読書感想文

『失はれる物語』乙一 角川文庫 2006年6月25日初版 目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故に

記事を読む

『うさぎパン』(瀧羽麻子)_書評という名の読書感想文

『うさぎパン』瀧羽 麻子 幻冬舎文庫 2011年2月10日初版 まずは、ざっとしたあらすじを。

記事を読む

『あちらにいる鬼』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『あちらにいる鬼』井上 荒野 朝日新聞出版 2019年2月28日第1刷 小説家の父

記事を読む

『愛すること、理解すること、愛されること』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『愛すること、理解すること、愛されること』李 龍徳 河出書房新社 2018年8月30日初版 謎の死

記事を読む

『 i (アイ)』(西加奈子)_西加奈子の新たなる代表作

『 i (アイ)』西 加奈子 ポプラ文庫 2019年11月5日第1刷 『サラバ!

記事を読む

『今だけのあの子』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『今だけのあの子』芦沢 央 創元推理文庫 2018年7月13日6版 結婚おめでとう、メッセージカー

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑