『 i (アイ)』(西加奈子)_西加奈子の新たなる代表作

『 i (アイ)』西 加奈子 ポプラ文庫 2019年11月5日第1刷

([に]2-1)i (ポプラ文庫)

サラバ! 』 (直木賞受賞から2年、西加奈子が全身全霊で現代いまに挑む衝撃作!

この世界にアイは存在しません。
入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。
ワイルド曽田アイ。
その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる。ある奇跡が起こるまでは - 。

想うことで生まれる圧倒的な強さと優しさ - 直木賞作家・西加奈子の渾身の叫びに心揺さぶられる傑作長編。(「BOOK」データベースより)

i とは、虚数のことである。実数ではない複素数、i はその代表的な虚数単位であるらしい。ところが、最初アイは勘違いした。(一瞬ではあるが) 自分のことを言われたような。そんな気がして、思わず声が出たのだった。

主人公の名前はワイルド曽田アイ、1988年生まれ。赤ん坊の頃にシリアからニューヨークにわたりダニエルと綾子夫婦の養子となった。小学6年生の時に父の転勤により来日。現在高校生の彼女はずっと、自分の恵まれた環境に罪悪感をおぼえている。選ばれた自分がいるということは、選ばれなかった誰かがいるということだ、と。(ポプラ社/『i』 刊行記念 西加奈子インタビューより)

この、アイの抱える葛藤は思いのほか根が深い。想像以上に繊細で、同情することすらままならない。ダニエルと綾子の愛を一身に受けながら、もしも二人の間に子供ができたらと - その考えは長い間彼女を苦しめる。アイは二人に怒られたことがない。

閑話休題。

アイの日常とは裏腹に、今、世界は混沌に満ちている。9・11以降、アイは死者を数えるようになる。大きな事故や事件のメモを取り、死んだ人の数を足してゆく。

・12月26日、インドネシアのスマトラ島沖でマグニチュード9.1の地震が起こった。地震の被害は甚大で、インド洋沿岸諸国を津波が襲った。その結果12ヵ国で2.2万人以上が死亡し、被災者は数百万人に及んだ。
・2005年3月29日、スマトラ島の西方で再び地震が発生した。今度はマグニチュード8.7、ニアス島という島を中心に、犠牲者はおよそ2000人に及んだ。
・7月7日、イギリス・ロンドンの地下鉄や路線バスなどで爆破テロが起こった。実行犯はアルカイダ系組織のメンバーで、死者は56人に及んだ。
・同じ7月23日には、エジプト、シャルム・エル・シェイクのホテルなどでやはりアルカイダ系組織による同時爆弾テロが発生した。死者は83名だった。等々。

アイは17歳になっていた。
2007年、アイは国立大学の理工学部数学科に合格する。彼女は好きな男性と付き合ったことがない。未だ彼女は、処女である。

大学院の1年目はあっという間に過ぎた。

ハイチの地震については、能動的に情報を集めないと知ることが出来なくなった。北アフリカ・中東ではアラブの春と呼ばれる革命が起こり、競って民主化の波が押し寄せていた。
だが、3月に入って事態は一変する。ヨルダンとの国境に接する南部の街ダラアで、中学生たちが壁に反政府の落書きをした。子どもの悪戯だったが、治安当局がただちに出動し、子どもたちを捜し出して逮捕した。それがやがて大きなデモを生み、長く続くシリアの騒乱の発端となった。
シリアでのこの騒乱がやがて内戦と呼ばれ、信じられない数の悲劇を生むことを、そのときのアイはまだ知らなかった。

(それから進むこと約150ページ。いよいよこの物語のクライマックスの、やや手前)

その日、ハンガリーに近いオーストリア東部ブルゲンラントの高速道路で、停車していた保冷車から子ども4人を含む71人の遺体が発見された。同日、リビア沖の地中海で、難民を乗せてイタリアを目指していた密航船が沈没し、200人以上が死亡した。

そしてその1週間後、トルコの海岸でひとりの男児の遺体が発見された。
シリアのコバニからトルコに渡り、ボドルムからギリシャのコス島を目指すボートに乗っていた難民だった。航行の途中で船が転覆し、彼は5歳の兄とともに溺死し、3年の生涯を閉じた。
彼の名はアイラン・クルディ。

アイはその後繰り返し、祈りを胸に、彼の名を呼ぶことになる。

この本を読んでみてください係数 85/100

([に]2-1)i (ポプラ文庫)

◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「うつくしい人」「窓の魚」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「きりこについて」「ふくわらい」「通天閣」「炎上する君」「サラバ!」他多数

関連記事

『愛と人生』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

『愛と人生』滝口 悠生 講談社文庫 2018年12月14日第一刷 愛と人生 (講談社文庫)

記事を読む

『イノセント・デイズ』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『イノセント・デイズ』早見 和真 新潮文庫 2017年3月1日発行 イノセント・デイズ (新潮

記事を読む

『愛の夢とか』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『愛の夢とか』川上 未映子 講談社文庫 2016年4月15日第一刷 愛の夢とか (講談社文庫)

記事を読む

『あのひとは蜘蛛を潰せない』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『あのひとは蜘蛛を潰せない』彩瀬 まる 新潮文庫 2015年9月1日発行 あのひとは蜘蛛を潰せ

記事を読む

『義弟 (おとうと)』(永井するみ)_書評という名の読書感想文

『義弟 (おとうと)』永井 するみ 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 義弟 (集英社文

記事を読む

『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(江國香織)_書評という名の読書感想文

『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』江國 香織 集英社 2002年3月10日第一刷 泳ぐの

記事を読む

『朝が来る』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『朝が来る』辻村 深月 文春文庫 2018年9月10日第一刷 朝が来る (文春文庫)

記事を読む

『いつかの人質』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『いつかの人質』芦沢 央 角川文庫 2018年2月25日初版 いつかの人質 (角川文庫) 宮

記事を読む

『教場2』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『教場2』長岡 弘樹 小学館文庫 2017年12月11日初版 教場 2 (小学館文庫) 必要

記事を読む

『翼がなくても』(中山七里)_ミステリーの先にある感動をあなたに

『翼がなくても』中山 七里 双葉文庫 2019年12月15日第1刷 翼がなくても (双葉文庫

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『魯肉飯のさえずり』(温又柔)_書評という名の読書感想文

『魯肉飯のさえずり』温 又柔 中央公論新社 2020年8月25日初版

『理系。』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『理系。』川村 元気 文春文庫 2020年9月10日第1刷 理

『樽とタタン』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『樽とタタン』中島 京子 新潮文庫 2020年9月1日発行 樽

『ミーナの行進』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ミーナの行進』小川 洋子 中公文庫 2018年11月30日6刷発行

『破局』(遠野遙)_書評という名の読書感想文

『破局』遠野 遙 河出書房新社 2020年7月30日初版 破局

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑