『嗤う淑女』(中山七里)_書評という名の読書感想文
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『嗤う淑女』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(わ行)
『嗤う淑女』中山 七里 実業之日本社文庫 2018年4月25日第6刷
その名前は蒲生美智留 -
女神なのか、悪魔なのか?中学時代、いじめと病に絶望した野々宮恭子は従姉妹の蒲生美智留に命を救われる。美貌と明晰な頭脳を持つ彼女へ強烈な憧れを抱いてしまう恭子だが、それが地獄の始まりだった - 。名誉、金、性的衝動・・・・・・・美しく成長した美智留は老若男女の欲望を残酷に操り、運命を次々に狂わせる。連続する悲劇の先に待つものは? 史上最恐の悪女ミステリー! (実業之日本社)
一 野々宮恭子
二 鷺沼紗代
三 野々宮弘樹
四 古巻佳恵
五 蒲生美智留
野々宮恭子のクラスに、従姉妹の蒲生美智留が転校してきたのは中一の秋だった。美智留によって、イジメと再生不良性貧血という難病から救われた恭子は、美智留の美貌や明晰さに憧れ、心酔していく。やがてある出来事をきっかけに、二人は大きな秘密を共有するに至った。
時を経て、27歳になった美智留は 「生活プランナー」 を名乗り、経済的不安を抱える顧客へのコンサルタント業を行っていた。アシスタントは恭子だ。ストレス解消の散財によって借金を抱える銀行員の紗代、就職活動に失敗して家業を手伝う弘樹、働かない夫と育ちざかりの娘を抱え家計に困窮する佳恵・・・・・・・美智留は 「あなたは悪くない」 と解決法を示唆するが・・・・・・・。人々はどのようにして美智留の罠に墜ちてゆくのか。美智留とは何者なのか? (同ウェブサイトより)
世界は呪いに満ちている。
所詮この世は理不尽で、得てして不幸は連続し、止まることがありません。人は - 殊更に幸福に飢えた凡人は、それでも来たるべき奇跡を願わずにはいられません。愚かな人間の前にこそ、蒲生美智留は現れます。
学生時代、醜さゆえに散々イジメにあった野々宮恭子は、その上命をも脅かす難病に見舞われます。救われたのはまぎれもなく美智留のおかげで、彼女に心酔する恭子の気持ちがわからぬではありません。但し、恭子のそれは度が過ぎて歪なものになっています。
鷺沼紗代と野々宮弘樹の場合は最悪で、銀行員として男性と肩を並べて働くも報われず、ブランド品の衝動買いでストレスを発散する紗代の気持ちはわからぬではありません。それにつけても限度があります。
家にいても安らげず、周囲に対し怒りをためこむばかりの弘樹については言語道断。自己実現できない原因は、すべからく彼自身にあります。不平不満の果てに人を殺そうなどとはあまりに愚かしく、何かが狂っているとしか思えません。
結婚相手を間違えたと思う古巻佳恵の場合はどうでしょう。大手企業をリストラされた後まるで働かなくなった夫に対し、彼女はどう対処すべきだったのでしょう? 困窮する家計に悩む彼女の気持ちはわかります。とは言え、その解決方法が、夫が死んで得られる保険金の額を破格に増やすことではなかったはずです。
動機やきっかけは様々あれど、アドバイスをするだけで、美智留は決して直接には手を下しません。やれと示唆することは全てが犯罪なのですが、言われた当人はそれが最良の方法だと、それしか今の苦境を逃れるすべがないと信じ込みます。
女神のような美智留が言う、”正当” でなおかつ甘美な言葉 - 凡庸な彼らは、求めるところの最大限の可能性を示唆する彼女の提言に、いとも容易く頷いてしまいます。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。
作品 「切り裂きジャックの告白」「贖罪の奏鳴曲」「追憶の夜想曲」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「連続殺人鬼カエル男」他多数
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