『残穢』(小野不由美)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『残穢』(小野不由美), 作家別(あ行), 小野不由美, 書評(さ行)

『残穢』小野 不由美 新潮文庫 2015年8月1日発行

この家は、どこか可怪しい。転居したばかりの部屋で、何かが畳を擦る音が聞こえ、背後には気配が・・・・・・・。だから、人が居着かないのか。何の変哲もないマンションで起きる怪異現象を調べるうち、ある因縁が浮かび上がる。かつて、〈ここ〉でむかえた最期とは。怨みを伴う死は「穢れ」となり、感染は拡大するというのだが - 山本周五郎賞受賞、戦慄の傑作ドキュメンタリー・ホラー長編! (新潮文庫)

都市近郊に建つ小さなマンション -「岡谷マンション」の204号室で暮らす30代の女性、久保さんから「私」宛てに届いた一通の手紙。それがすべての端緒となります。

彼女の手紙には、その部屋に何かがいるような気がする、と書いてあります。

以前、「私」はこれに似たような手紙を受け取ったことがあります。調べてみると、それは屋嶋さんという20代後半の一児の母からのもので、屋嶋さんは久保さんと同じ岡谷マンションの401号室の住人であるのがわかります。

屋嶋さんからの手紙を額面通りに読むと、401号室には何かがいたことになります。それは宙にぶら下がる何かで、ときおり畳を擦るような音を立てます。

イメージされるのは揺れている縊死者の霊だ。爪先か、あるいは衣服の一部が床を擦って音を立てる。久保さんの見たものと考え合わせると、和服の女性が首を吊っている、解けた帯が床を擦っている、と考えるのが自然だろう。- 問題は、久保さんが住んでいるのは204号室だ、というところにある。

似たような現象が同じマンションの違う部屋で起こる? それは何を意味しているのか。二つの部屋の間に何か因縁めいたことがあるのか、ないのか。否、それとは別に、そもそも岡谷マンションができる前、ここはどんな土地だったのか。誰が暮らしていたのか。

久保さんと「私」はマンションに出現する怪異現象について、その発端を探ろうと動き出します。すると今度は、岡谷マンションとは別の、こんな話を耳にします。

岡谷マンションの隣には一戸建ての小団地、わずか6軒ばかりの「岡谷団地」があります。鈴木さんは当時35歳。紹介してくれた屋嶋さんの2歳上の女性です。1999年の9月、鈴木さん一家は不動産会社の仲介で「岡谷団地」へやって来ます。

所有者である黒石さんが転居し、家を賃貸して2人目の住人だった鈴木さんは、昔からとても霊感が強い女性で、入居後すぐに、妙な物音がするのに気づきます。(ちなみに最初の入居者は4ヶ月で黒石邸を出ています。転居の理由はわかりません)

ある日の夜、それは夕飯の後片付けをしているときのこと。BGM代わりにお笑い番組を流していると、ふいにテレビのボリュームが下がっていくのに気付きます。何をしたわけでもなく、テレビのコントローラーは元の置いた場所にあります。

嫌な感じだ、と鈴木さんは思います。テレビ番組の音が虫の羽音のように流れ、小さいけれど耳につき、かえって静寂が強調されたように感じます。思わずコントローラーに手を伸ばそうとしたとき、背筋に悪寒が走り、背後に何か、冷え冷えとした塊が生じた気配を感じます。

・・・・・・・ すぐ後ろに、何かいる。
鈴木さんはそちらを振り返ることができず、手許に意識を集中しようとした。こういうときは、何も気づかなかったふりをするに限る。変に振り向いたり、狼狽してはいけない。無視するのがいちばんだと、鈴木さんは考えている。

背後を意識しながら、ことさら何でもないふうを装って洗い物を続けた。ふと、視線が蛇口に止まった。銀色に研かれた長く平たい蛇口の表面に、洗い物をする鈴木さんの頭が映り込んでいた。そして、その背後に別の何者かの顔が。

それは鈴木さんのすぐ後ろにいた。長い髪の女のようだった。乱れた髪が青黒い顔に打ちかかっている。髪の間から見える眼は大きく見開かれ、極端に下に寄った瞳が鈴木さんの手許を肩越しに覗き見ていた。

岡谷マンションと岡谷団地。調べてみると、そこには「人の居着かない」部屋や家があります。時代と共に辺りの景色は一変し、人の出入りが多くあり、長い間に忌まわしく無惨な事件があったことがわかってきます。

娘の祝言のあと、晴着のまま首を吊った母親の話であるとか、昔あった工場で多くの人間が焼け死んだ話であるとか、何人もの腹を痛めたわが子を殺し、灯油缶に詰め庭に埋めて放置して、あげく姿を消した鬼畜のような女の話であるとか ・・・・・・・

死穢は伝染し、拡散するといいます。未だ浄化されずに彷徨う残余の穢れは、残余ゆえ、ときに意図なく出現します。もしかすると、あなたが暮らす家の周囲にも。 ぎゃああぁぁぁ!!! ・・・・・・・・

この本を読んでみてください係数 85/100

◆小野 不由美
1960年大分県中津市生まれ。
大谷大学文学部仏教学科卒業。

作品 「東京異聞」「屍鬼」「黒祠の島」「くらのかみ」他多数

関連記事

『消滅世界』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『消滅世界』村田 沙耶香 河出文庫 2018年7月20日初版 世界大戦をきっかけに、人工授精が飛躍

記事を読む

『アルマジロの手/宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎)_書評という名の読書感想文

『アルマジロの手/宇能鴻一郎傑作短編集』宇能 鴻一郎 新潮文庫 2024年1月1日 発行 た

記事を読む

『ニムロッド』(上田岳弘)_書評という名の読書感想文

『ニムロッド』上田 岳弘 講談社文庫 2021年2月16日第1刷 仮想通貨をネット

記事を読む

『ジニのパズル』(崔実/チェ・シル)_書評という名の読書感想文

『ジニのパズル』崔 実(チェ・シル) 講談社文庫 2019年3月15日第1刷 オレ

記事を読む

『昭和の犬』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『昭和の犬』姫野 カオルコ 幻冬舎文庫 2015年12月5日初版 昭和三十三年滋賀県に生まれた

記事を読む

『希望が死んだ夜に』(天祢涼)_書評という名の読書感想文

『希望が死んだ夜に』天祢 涼 文春文庫 2023年9月1日第7刷 - 『あの子の殺

記事を読む

『死んでもいい』(櫛木理宇)_彼ら彼女らの、胸の奥の奥

『死んでもいい』櫛木 理宇 早川書房 2020年4月25日発行 「ぼくが殺しておけ

記事を読む

『夜のピクニック』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『夜のピクニック』恩田 陸 新潮文庫 2006年9月5日発行 高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」

記事を読む

『純平、考え直せ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『純平、考え直せ』奥田 英朗 光文社文庫 2013年12月20日初版 坂本純平は気のいい下っ端やく

記事を読む

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日 第1刷発行 孤立した無菌

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ミーツ・ザ・ワールド』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

『ミーツ・ザ・ワールド』金原 ひとみ 集英社文庫 2025年1月30

『みぞれ』(重松清)_書評という名の読書感想文

『みぞれ』重松 清 角川文庫 2024年11月25日 初版発行

『ついでにジェントルメン』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『ついでにジェントルメン』柚木 麻子 文春文庫 2025年1月10日

『逃亡』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『逃亡』吉村 昭 文春文庫 2023年12月15日 新装版第3刷

『対馬の海に沈む』 (窪田新之助)_書評という名の読書感想文

『対馬の海に沈む』 窪田 新之助 集英社 2024年12月10日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑