『殺戮にいたる病』(我孫子武丸)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『殺戮にいたる病』(我孫子武丸), 作家別(あ行), 我孫子武丸, 書評(さ行)

『殺戮にいたる病』我孫子 武丸 講談社文庫 2013年10月13日第一刷

東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるシリアルキラーが出現した。くり返される凌辱の果ての惨殺。冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇、平凡な中流家庭の孕む病理を鮮烈無比に抉る問題作! 衝撃のミステリが新装版として再降臨! (講談社文庫)

(エピローグ後半の文章から)
稔は、警察でもまったくおとなしく、質問されたことについてはすべて答えた。六件の殺人と一件の未遂について詳細に自白し、弁護士は国選で構わないと付け加えた。精神鑑定がポイントと思われたが、検察側と弁護側が選びだした計五人の医師のうち四人は”責任能力あり”との判断を下した。

雅子が頼んだ医師だけはただひとり、「性的コンプレックスによる社会病質者で、治療の必要あり」と診断したが、稔にいわせれば噴飯ものだった。彼は雅子に対して、「頼むからあの馬鹿な医者を黙らせてくれ」と手紙を書き送った。

死刑判決に対して彼は控訴しなかったが、法務大臣の執行命令は、未だおりてはいない - 。

猟奇的連続殺人犯 ・ 蒲生稔 の最初の被害者となったのは、稔と同じ大学に通う文学部の一年生、江藤佐智子という女子学生。

稔は嘘を付き、言葉巧みに彼女を誘い出し、ラブホテルへ連れ込むことに成功します。彼は行為の間際、ふいに(あるいはさも当然のようにして)佐智子の首を締め、彼女を死に至らしめます。

細心の注意をこめてブラウスのボタンをはずすと、死体を裸にしていく。「愛してるからだ」彼は生まれて初めて、本心からそう言った。声が感動でうち震えていることに気づいた。

彼が実際の行為に及んだのはそのあとのことです。死んだ佐智子を相手に、彼は何度も、繰り返しセックスをします。「屍姦」で得られる興奮は、彼の脳髄を震えさせたのでした。

かつて味わったことのない極の快感 - 稔は、「自分は生まれ変わったのだ」と確信します。それと同時に自分が真正のネクロファイル、死体愛好者だと自覚します。

次に被害に遭ったのが、家出少女の加納えりか。稔は彼女を殺した後、両の乳房を切り取って、ラップに包み家へ持ち帰ります。庭に埋め、掘り返しては、黒ずんで萎びたそれを使って自分を慰めます。

三人目。島木敏子に至っては、稔はまずホテルでの様子を8ミリビデオに録画をします。その後、(二人目の被害者である加納えりかと同様に)両の乳房に加え、今度は性器までもを持ち帰ります。

そして四人目。稔は「愛を求めて」街を彷徨います。そこにいたのが田所真樹という女性で、彼女は横浜まで車で送るという言葉に絆されて、結果稔の餌食になります。
・・・・・・・・・
島木敏子は看護婦で、死体で発見された前日、ある親しい人物の家にいたのがわかります。それが樋口武雄の家で、樋口の妻が敏子のいた病院で亡くなったあと、敏子は何くれとなく樋口の世話を焼くようになっていました。

彼女は明らかに樋口を慕ってしていたことですが、樋口は敢えて彼女の好意に気付かぬ振りを通します。時に樋口は64歳。離婚歴があるとはいえ、敏子は29歳の女性です。あまりの歳の差故、樋口は、敏子が慕う気持ちと同情とを勘違いしているのだと思っています。

樋口は警視庁の元警部。彼は一瞬、敏子を殺害した犯人ではないかと疑われてしまいます。すぐに容疑は晴れるのですが、もしもあのとき敏子を引き留めていたとしたら、思いのままに彼女を受け入れてさえいれば、敏子は死ぬことはなかったのだと・・・・・・・

思い返すと、彼は居ても立ってもいられなくなります。自分を責め、せめてもと思い、独自で調査をはじめます。そんな矢先、彼は敏子とよく似た彼女の妹、島木かおると出会うことになります。

※五人目、六人目の被害者は明かさないでおきます。未遂で終わる一件の被害者とは、島木かおるのことです。かおるは姉と似た自分を囮に、犯人をおびき出そうとします。

物語は、犯人の蒲生稔、自分の息子が犯人ではないかと疑う母・雅子、そして元警察官の樋口武雄の三人を中心に綴られてゆきます。

エグい描写が苦手な方は遠慮してください。それでも読みたいと思うあなた - あなたはきっと、読後しばし呆然とします

この本を読んでみてください係数  85/100

◆我孫子 武丸
1962年兵庫県西宮市生まれ。
京都大学文学部哲学科中退。

作品 「8の殺人」「人形はライブハウスで推理する」「眠り姫とバンパイア」「死蠟の街」「少年たちの四季」「弥勒の掌」他多数

関連記事

『痺れる』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

『痺れる』沼田 まほかる 光文社文庫 2012年8月20日第一刷 12年前、敬愛していた姑(は

記事を読む

『夜明けの縁をさ迷う人々』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『夜明けの縁をさ迷う人々』小川 洋子 角川文庫 2010年6月25日初版 私にとっては、ちょっと

記事を読む

『恋に焦がれて吉田の上京』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『恋に焦がれて吉田の上京』朝倉 かすみ 新潮文庫 2015年10月1日発行 札幌に住む吉田苑美

記事を読む

『砂に埋もれる犬』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『砂に埋もれる犬』桐野 夏生 朝日新聞出版 2021年10月30日第1刷 ジャンル

記事を読む

『事件』(大岡昇平)_書評という名の読書感想文

『事件』大岡 昇平 創元推理文庫 2017年11月24日初版 1961年夏、神奈川県の山林で刺殺体

記事を読む

『遊佐家の四週間』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『遊佐家の四週間』朝倉 かすみ 祥伝社文庫 2017年7月20日初版 羽衣子(ういこ)の親友・みえ

記事を読む

『笹の舟で海をわたる』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『笹の舟で海をわたる』角田 光代 毎日新聞社 2014年9月15日第一刷 終戦から10年、主人公・

記事を読む

『沈黙』(遠藤周作)_書評という名の読書感想文

『沈黙』遠藤 周作 新潮文庫 1981年10月15日発行 島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシ

記事を読む

『受け月』(伊集院静)_書評という名の読書感想文

『受け月』伊集院 静 文春文庫 2023年12月20日 第18刷 追悼 伊集院静  感動の直

記事を読む

『夫婦一年生』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『夫婦一年生』朝倉 かすみ 小学館文庫 2019年7月21日第2刷発行 新婚なった夫

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『タラント』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『タラント』角田 光代 中公文庫 2024年8月25日 初版発行

『ひきなみ』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『ひきなみ』千早 茜 角川文庫 2024年7月25日 初版発行

『滅私』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『滅私』羽田 圭介 新潮文庫 2024年8月1日 発行 「楽っ

『あめりかむら』(石田千)_書評という名の読書感想文

『あめりかむら』石田 千 新潮文庫 2024年8月1日 発行

『インドラネット』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『インドラネット』桐野 夏生 角川文庫 2024年7月25日 初版発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑