『リリース』(古谷田奈月)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/10
『リリース』(古谷田奈月), 作家別(か行), 古谷田奈月, 書評(ら行)
『リリース』古谷田 奈月 光文社 2016年10月20日初版
女性首相ミタ・ジョズの活躍の下、同性婚が合法化され、男女同権が実現した “オーセル国” 。精子(スパーム)バンクが国営化され、人々はもう性の役割を押し付けられることはなく、子供をもつ自由を手に入れていた。ある日、国家のシンボルとも言うべき “オーセル・スパームバンク” を一人の異性愛者で愛国主義者、タキナミ・ボナが占拠した。彼は、バンクへのスパーム提供を拒み続けている名門大学の男子学生である。
「今こそはっきり告発します。ミタ・ジョズはぼくをレイプした。(中略) ぼくの盗まれたスパームのIDは・・・・・・・」 彼の衝撃の演説は、突如現れたもう一人の男性テロリスト、オリオノ・エンダがボナを射殺することで幕を閉じた -
その場に居合わせた17歳のユキサダ・ビイは、ボナの持つ “言葉の力” に魅了され、新進の無思想ニュースメディア 『クエスティ』 の記者になり、二人のテロリストの実像を追い求める - 男女の在り方を問う、新時代のディストピア小説。(「BOOK」データベースより)
第30回 三島由紀夫賞 候補作 / 第34回 織田作之助賞 受賞作
現実には考えられない世界のことが書いてあります。しかし、貶すだけではつまらない。
たとえ文句があったとしても、示されたものから目を背けないことが重要で、些末な点を取り上げてとやかく言うのだけはやめてください。
もしも、こんなことはあり得ない、荒唐無稽なだけだというのなら、それはあなたが、
「フットボールにたとえれば、トレーニングが足りないからだ。わたしには体力がない。思想を入れ込む、器としての身体がない」(P38) と、心得なければなりません。
今の今まで、こんな話があったでしょうか。ふたつきりしかない性で、限りなく男性が無駄になる - 女性に対し、男性は「従来のような」スタンスではいられなくなります。精子をバンクに預けるだけで、基本、生身の女性に「触れなく」なります。
触ると罪になり、もとより女性は、触ってほしいとは思わなくなります。
その時代には、セックスはもとより女性に対し恋愛感情を抱くことが禁忌となります。女性は女性と、男性は男性と、同性同士で婚姻関係を結ぶのが当たり前の世の中になります。
それこそが正しい関係であり、異性間の恋愛は忌むべき事になり下がり、成就しようとすると、徹底して秘匿せねばなりません。
それがために、タキナミ・ボナはテロを企てます。挙げ句、ボナの友人でもう一人のテロリスト、オリオノ・エンダによって射殺されます。
「・・・・・・・ ぼくはドナーになるつもりはなかった。なりたくなかったんです。ぼくにははっきりと拒否の意思がありました。言うまでもなく、バンクのドナーになるか否かの決定は男性個人の自由意思によってなされます。ドナー登録しないことをぼくが選択することは、代理出産依頼を受けた女性がそれを拒否できるのと同等の権利だと言えるでしょう。
でも、ぼくの場合、ドナー登録は強制でした。無理矢理登録させられたんです。なぜそんなことが起きたのか、今でもまだ、はっきりとはわかりません。ただ強く感じるのは、愛と、平和と、平等が - マイノリティという存在を概念ごと捨て去ることに成功したこの素晴らしい社会が、ぼくの人権を侵したのだということです」(P24)
半円形に突き出た小ぶりな舞台 - オーセル・スパームバンクのバルコニーで、ボナがする演説。それを聞き入る一人の人物、ユキサダ・ビイは、ボナの4つ下、ユリとエリカの二人の母の間に生まれた子供です。
ビイは17歳の学生で、ボナがする演説の “言葉の力” に魅了され、記者になろうと決意します。記者となり、タキナミ・ボナと、彼を殺したもう一人のテロリスト、オリオノ・エンダに会いたいと思います。
※とにもかくにも読んでみてください。
「掛け値なしに10年に一人の才能が、男と女の存在理由を問う 賛否両論必須の物語を創りあげた。この小説に、応答せよ! 」 (帯文より/by豊崎由美)
読んで、われわれは - この物語に描かれた哀しき陰謀に - 応答せねばなりません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆古谷田 奈月
1981年千葉県我孫子市生まれ。
二松学舎大学文学部国文学科卒業。
作品 「星の民のクリスマス」「ジュンのための6つの小曲」「望むのは」など
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