『よるのふくらみ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文
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『よるのふくらみ』(窪美澄), 作家別(か行), 書評(や行), 窪美澄
『よるのふくらみ』窪 美澄 新潮文庫 2016年10月1日発行
以下はすべてが解説からの抜粋です。よくよく考えて、今回は尾崎世界観さんの文章こそを読んでほしいと思いました。(もちろん全文ではありません。かなりカットしています)
ミュージシャンであり小説家でもある尾崎さんの「世界観」がとてもよくわかり、こんな文章が書けたらいいな、こんな風に書けたらどんなにか自由なのに。そう思う文章です。
どんなに繋がっていても相手を疑ってしまう瞬間がある。繋がっていることすら信じられなくなってしまうとき、信頼が甘えに形を変えて裏切りや憎しみに取り囲まれるとき、どうしても楽をして孤独に逃げてしまう。
今まで数えきれないほど、友達という名の他人に振り回され続けてきたし、友達という他人を傷つけて切り捨ててきた。仕方なく出来上がった即席のペアで、延々と続く退屈な時間を塗りつぶしたりもした。
それは家族や恋人に対しても変わらない。スマートフォンの液晶に貼り付けた保護フィルム、その隙間に入り込んだ気泡のように、いつまでも無くならずに居場所や形を変えて存在している。
その人を大事にすればするほど、その人に近づけば近づくほどに許せなくなる。鏡のように透き通った保護フィルムだからこそ、小さな気泡が気になってしまうのと一緒だ。
そんなことを思いながら明日のライブのことを考えていた。
夏になると毎週末、全国各地でロックフェスが行われる。ありがたいことに 「夏フェス」 と呼ばれるそれで週末の予定はほぼ埋まる。
予定時刻ピッタリにお決まりのジングルを待って打ち上げ花火のような歓声をあげる観客。その歓声に導かれるようにしてステージに向かうバンド。バンドのボーカルが、まずは挨拶代わりにその土地の名前を大声で叫ぶ。それに答える大勢の観客達の手があがる。
ドラムのビートに合わせて観客の波がステージへ押し寄せる。「オイッオイッ」 という観客の声に背中を押されて一番のサビを歌い切った後、これから始まる間奏で、せっかくここまで作り上げた空気が冷えないように、サビ終わりでしっかりと観客を煽るボーカル。すかさずそれに大きな歓声で応える観客。
一曲目がワンコーラス終わった所で、すでにこれだけのやりとりがある。ロックフェスはバンドと観客の絶妙な気遣いで成り立っている。
ステージに向けられた視線と歓声の先に、観客の歓声に応える叫び声のなかに、確かな諦めが存在する。一体感という名の諦めに身を任せて、気づかないフリでその瞬間を幸せにやり過ごすことに全力を尽くす。
本当のことを見つけてしまわないように、誰もが大きな声を出して我を忘れたフリをしている。
※観たくもない映画に付き合う代わりにラブホテルでセックスをさせて貰う。
これは、もうやり尽した過去のヒット曲を演奏する代わりに、発売日が近い、もしくは発売されたばかりの新曲を聴いて貰うバンド側に当てはまる。
※半日子供の面倒を見る代わりに夜は友達と飲みに行く。
これは、発売日が近い、もしくは発売されたばかりの聴き慣れない新曲を聴かされる代わりに、待ち焦がれたヒット曲で、拳を突き上げて思う存分飛び跳ねる観客側に当てはまる。
窪さんの小説は 「生理小説」 だと思う。悪い奴を探す推理小説ではなく、悪い奴を許す生理小説。誰かの罪が暴かれる瞬間より、誰かの罪が許される瞬間に立ち会える。
みひろと圭祐と裕太の言葉は、ドロッとした血の塊のようで、自分の奥底に押し込めたものによく似ている。どうしてもそうせずにはいられない、その衝動を読んでいると、「生きてるな」 と思ったりして恥ずかしくなる。
窪さんの作品を読むと、誰かと繋がっていたくなるから困る。諦めていた本当のことに向き合ってしまいそうで苦しくなる。そして、そのことに安心する。
小説の中身については、尾崎さんの言う通り。そこには人を想う人の気持ちの、抗いがたく断ち切れない恋情が真っ正直に綴られています。あまりに真っ直ぐすぎて、(受けとめきれずに)目を覆いたくなるかもしれません。閉じこめていたものが何だったのか、それがわかると胸が痛くなります。青少年にはまだちょっと早いかも知れません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆窪 美澄
1965年東京都稲城市生まれ。
カリタス女子中学高等学校卒業。短大中退。
作品 「晴天の迷いクジラ」「クラウドクラスターを愛する方法」「アニバーサリー」「ふがいない僕は空を見た」「さよなら、ニルヴァーナ」他多数
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