『蜃気楼の犬』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/10
『蜃気楼の犬』(呉勝浩), 作家別(か行), 呉勝浩, 書評(さ行)
『蜃気楼の犬』呉 勝浩 講談社文庫 2018年5月15日第一刷
県警本部捜査一課の番場は、二回りも年の離れた妻コヨリを愛し、日々捜査を続けるベテラン刑事。周囲の人間は賞賛と揶揄を込めて彼のことを呼ぶ - 現場の番場。ルーキー刑事の船越とともに難事件に取り組む中で、番場は自らの「正義」を失っていく。江戸川乱歩賞作家が描く、新世代の警察小説。(講談社文庫)
若い女性のバラバラ死体。
不自然に思える、高所からの飛び降り。
駅の連絡橋の階段からの転落死。
幼稚園で起きた痴情絡みの刺殺事件。
そして、最後にあるのが表題作 「蜃気楼の犬」。これは圧巻である。特に私は、若手の女性捜査員・前山藍に “恋” をした。
「くだらない事件でしたね」
荻野の処置を所轄に任せ阿多留署に戻る道すがら、たった二日で事件を解決に導いた前山はそう吐き捨てた。
「たいていの事件はそんなもんだ」「まったくです」
前山は優秀な刑事になるだろう。それもかなり早いスピードで。(第四話「かくれんぼ」より)
このあと番場は、彼女にこんなことを問い質す。お前が園児に話を聞いて回った時、リサとかくれんぼをしていた子供はいたのか - と。
「いえ・・・・・・・。彼女は入園したてで、あまり友達がいなかったみたいです。ただ、子供たちは混乱していましたから、正確な記憶を期待するのは難しいと思います」
それが何か? と言いだけな顔に、もう一つだけ加える。「くだらない人間を、あまり侮らないほうがいい」
見返してくる視線に、従順さは欠片もない。向こうっ気の強さも船越以上だ。
「覚えておきます」 説教などいらないという足取りで、小さな背中は遠ざかっていった。(P199)
この一連のやり取りが小気味いい。互いが互いを信頼し、しかし安易にそれを口にはしない、刑事としての自恃に充ちている。その潔さが気持ちいい。
前山藍がいっとう真価を示すのは、「蜃気楼の犬」でのことだ。迷走する捜査会議にあって、彼女は (数多いるベテラン刑事を出し抜いて) 予想だにしない「自論」を投げかける。
もしも間違いだったとしたらただでは済まされない、喫緊の状況下で放たれた彼女の推論は、会議の空気を一変し、居並ぶ幹部の口をも封じ込め、その場で即座に今後の捜査にかかる基本方針となり、そののち、すべからくそれが「正論」だったとわかる時がやって来る。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆呉 勝浩
1981年青森県生まれ。
大阪芸術大学映像学科卒業。
作品 「ロスト」「道徳の時間」「白い衝動」「ライオン・ブルー」など
関連記事
-
-
『十一月に死んだ悪魔』(愛川晶)_書評という名の読書感想文
『十一月に死んだ悪魔』愛川 晶 文春文庫 2016年11月10日第一刷 売れない小説家「碧井聖」こ
-
-
『沙林 偽りの王国 (上下) 』 (帚木蓬生)_書評という名の読書感想文
『沙林 偽りの王国 (上下) 』 帚木 蓬生 新潮文庫 2023年9月1日発行 医
-
-
『I’m sorry,mama.』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
『I'm sorry,mama.』桐野 夏生 集英社 2004年11月30日第一刷 桐野夏生
-
-
『しゃもぬまの島』(上畠菜緒)_書評という名の読書感想文
『しゃもぬまの島』上畠 菜緒 集英社文庫 2022年2月25日第1刷 それは突然や
-
-
『絶叫委員会』(穂村弘)_書評という名の読書感想文
『絶叫委員会』穂村 弘 ちくま文庫 2013年6月10日第一刷 「名言集・1 」 「俺、砂糖入れ
-
-
『Yuming Tribute Stories』(桐野夏生、綿矢りさ他)_書評という名の読書感想文
『Yuming Tribute Stories』桐野夏生、綿矢りさ他 新潮文庫 2022年7月25
-
-
『真夜中のメンター/死を忘れるなかれ』(北川恵海)_書評という名の読書感想文
『真夜中のメンター/死を忘れるなかれ』北川 恵海 実業之日本社文庫 2021年10月15日初版第1
-
-
『センセイの鞄』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『センセイの鞄』川上 弘美 平凡社 2001年6月25日初版第一刷 ひとり通いの居酒屋で37歳
-
-
『坂の上の赤い屋根』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文
『坂の上の赤い屋根』真梨 幸子 徳間文庫 2022年7月15日初刷 二度読み必至!
-
-
『サブマリン』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文
『サブマリン』伊坂 幸太郎 講談社文庫 2019年4月16日第1刷 『チルドレン』