『猫を拾いに』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
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『猫を拾いに』(川上弘美), 作家別(か行), 川上弘美, 書評(な行)
『猫を拾いに』川上 弘美 新潮文庫 2018年6月1日発行
誕生日の夜、プレーリードッグや地球外生物が集い、老婦人は可愛い息子の将来を案じた日々を懐かしむ。年寄りだらけになった日本では誰もが贈り物のアイデアに心悩ませ、愛を語る掌サイズのおじさんの頭上に蝉しぐれが降りそそぐ。不思議な人々と気になる恋。不機嫌上機嫌の風にあおられながら、それでも手に手をとって、つるつるごつごつ恋の悪路に素足でふみこむ女たちを慈しむ21篇。(新潮文庫)
この人の本を読もうとするときは、それなりの覚悟が必要だ。何が書いてあろうと、少々の事では驚かない。自分には理解できないなどと、落ち込んだりしてはならない。余計なことは考えず、それはそれとして(留め置いて)、まずは読み切ってしまうのが肝要だ。
すると、後になってじわじわと、ベタな小説では味わえない、何か不可思議なものに包まれたような感覚になる。適温に保たれた湯船にいるような、デトックスされて身が軽くなったような。浄化され、恒とは違う空気の中にいるような感じがする。心地が良くて、それがクセになる。
なにげに地球外生物が登場してきては、人に代わってせっせと台所仕事などをしている。
薄々勘付いてはいたものの、息子に自分はゲイだと聞かされて、それはきっと私のせいに違いないと悩む母親がいる。ゲイで何が悪い? とは思いつつ、この町では暮らせない。
猫を拾いにゆく。
年寄りだらけになった日本では誰もが贈り物のアイデアに心悩ませている。
新しいプレゼントを買うお金の余裕を、たいがいの人は持っていないので、プレゼントは流れる水のように、町内の人たちの間を巡回する。だから、もらったプレゼントは使用してはならない。いくら探してみても、プレゼントになりそうなものは、家の中になかった。それで、わたしは樹(いつき)医院の森にでかけてゆくことにした。
数日かけて歩きまわり、ついに見つけた。生まれて間もない猫だ。母猫とはぐれたのか、心細そうによたよたと歩いていた。森の下生えには、雪が残っている。(P134)
連れて帰り、よく洗ってやり、リボンで首輪をする。あんまり可愛いので、贈るのはもったいない気持ちになったが、まあいい、遊びにいってなでさせてもらえばいいのだと考える。
そして今度は、自分用の猫を拾いに、樹医院の森へゆこうと思う。そして、贈り物の猫につけたものより上等なリボンを、首にまいてやるのだ - と。
このごろ気になる、新田義雄の話。
新田義雄のことを、このごろあたしは、しょっちゅう考えてしまう。新田義雄は、会社の同期だ。6人いる同期のうち、女は2人で男が4人、その4人の男の中でいちばんめだたないのが、新田義雄だ。
あたしたちの会社は、京都に本社がある。だから、年に2回ほどは京都出張がある。たいがいの社員は、京都出張が好きだ。東京からは新幹線で一本で便利だし、時間があいたら観光もできるし、それになんといっても、京都だし。(P280)
ところが、新田義雄だけは、京都の話で盛り上がる女子や課長をよそ目に、うつむいて顔をしかめてばかりいる。
そういえば、新田義雄は、京都出張の時に限って風邪をひく。
信長、よーじや、阿闍梨餅 !!
この本を読んでみてください係数 85/100
◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。
お茶の水女子大学理学部卒業。
作品 「神様」「溺レる」「蛇を踏む」「真鶴」「ざらざら」「センセイの鞄」「天頂より少し下って」「水声」「どこから行っても遠い町」「ニシノユキヒコの恋と冒険」他多数
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