『黄色い家』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/05 『黄色い家』(川上未映子), 作家別(か行), 川上未映子, 書評(か行)

『黄色い家』川上 未映子 中央公論新社 2023年2月25日初版発行

人はなぜ、金に狂い、罪を犯すのか 孤独な少女の闘いを圧倒的スピード感と緻密な筆であぶり出すノンストップ・ノワール小説!

2020年春、惣菜店に勤める花は、ニュース記事に黄美子の名前を見つける。60歳になった彼女は、若い女性の監禁・傷害の罪に問われていた。長らく忘却していた20年前の記憶 - 黄美子と、少女たち2人と疑似家族のように暮らした日々。まっとうに稼ぐすべを持たない花たちは、必死に働くがその金は無情にも奪われ、よりリスキーな “シノギ” に手を出す。歪んだ共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解へ向かい・・・・・・・。善と悪の境界に肉薄する、今世紀最大の問題作! (中央公論新社)

【文學界4月号より/柳楽 馨】

主人公・伊藤花が、1990年代の後半に他の女性たちと共同生活を送った家は、多様性のユートピアでも弱者のためのシェルターでもなかった。しかし、高校卒業を待たずに家を出た花が、母親と姉の中間くらいの存在だった吉川黄美子とともにスナック 「れもん」 をはじめたときに思い描いていたのは - (途中略) - 雑多なものを受けいれる、ゆるやかであたたかな空間だっただろう。花と黄美子、さらに専門学校にもキャバクラにもなじめなかった加藤蘭、そして容姿に恵まれないが誰もが認める美声をもつ玉森桃子を加えた四人は、同じ家で暮らしはじめる。
やがて不運に見舞われ犯罪に手を染めた末に、黄美子をのぞく三人はその家から逃げ出す。月日は流れ、新型コロナウイルスによってかき乱される現在を生きている花は、「第一章 再会」 で黄美子が逮捕されたことを偶然に知り、『黄色い家』 はここから過去へとさかのぼる。
このように、ひとつの家族的共同体の成立から崩壊までの流れが 『黄色い家』 の主軸なのだが、少しずつ追い詰められる彼女たちの物語の重要な展開を伏せたままでは、これ以上 『黄色い家』 について語ることはできない。(以下略)

【物語の後半、黄美子と二人ではじめたスナック 「れもん」 が焼失し、生きる手立てを失い、路頭に迷う花の叫び】

みんな、どうやって生きているのだろう。道ですれ違う人、喫茶店で新聞を読んでる人、居酒屋で酒を飲んだり、ラーメンを食べたり、仲間でどこかに出かけて思い出をつくったり、どこかから来てどこかへ行く人たち、普通に笑ったり怒ったり泣いたりしている、つまり今日を生きて明日もそのつづきを生きることのできる人たちは、どうやって生活しているのだろう。そういう人たちがまともな仕事についてまともな金を稼いでいることは知っている。でもわたしがわからなかったのは、その人たちがいったいどうやって、そのまともな世界でまともに生きていく資格のようなものを手にいれたのかということだった。どうやってそっちの世界の人間になれたのかということだった。

わたしは誰かに教えてほしかった。不安とプレッシャーと興奮で眠れない夜がつづいて、思考回路がおかしくなって母親に電話をかけてしまいそうになることもあった。もしもしお母さん、お母さん、わたし大変なんだよ、どうしていいかわかんないんだよ、夢と現の境目でわたしは母親に話しかけていた。ねえお母さん、お母さんはどうやって、どうやっていままで生きてきたの、わたしが子どもの頃、もっと小さかった頃、お金もないのにどうやって、いったいどうやって生きてきたの、みんながどうやって毎日を生きていってるのかがわからない、わからないんだよ、ねえお母さん、いまどうしてるの、お母さんいままでつらくなかった? こわくなかった? ねえお母さん、生きていくのって難しくない? すごく難しくない? すごくすごく難しくない? お金稼ぐのって、稼ぎつづけないといけないのって、お金がないとご飯も食べられなくて家賃も払えなくて病院も行けなくて水も飲めないのって、すごくすごく難しくない? ねえお母さん、わたしわからないんだよ、どうしていいかわかんないの、いますごく難しいの、難しいんだよ、どうしていいかわかんないの、ねえお母さん聞こえてる? ねえお母さん - 

家は貧しく、花はいつもひとりぼっちでした。ある日、好きな男と暮らすといって家を出て行った母。母らしいところは何ひとつなかった母に、それでも花は 「ねえお母さん - 」 と語りかけずにはいられません。母を、心から憎むことができません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆川上 未映子
1976年大阪府大阪市生まれ。
日本大学通信教育部文理学部哲学科入学。(1996年)

作品 「乳と卵」「ヘヴン」「わたくし率 イン 歯-、または世界」「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」「すべて真夜中の恋人たち」「愛の夢とか」「夏物語」他多数

関連記事

『リリース』(古谷田奈月)_書評という名の読書感想文

『リリース』古谷田 奈月 光文社 2016年10月20日初版 女性首相ミタ・ジョズの活躍の下、同性

記事を読む

『三面記事小説』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『三面記事小説』角田 光代 文芸春秋 2007年9月30日第一刷 「愛の巣」:夫が殺した不倫

記事を読む

『学校の青空』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『学校の青空』角田 光代 河出文庫 2018年2月20日新装新版初版 いじめ、うわさ、夏休みのお泊

記事を読む

『白い衝動』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文

『白い衝動』呉 勝浩 講談社文庫 2019年8月9日第1刷 第20回大藪春彦賞受賞作

記事を読む

『破蕾』(雲居るい)_書評という名の読書感想文

『破蕾』雲居 るい 講談社文庫 2021年11月16日第1刷 あの 冲方 丁が名前

記事を読む

『平凡』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『平凡』角田 光代 新潮文庫 2019年8月1日発行 妻に離婚を切り出され取り乱す

記事を読む

『月桃夜』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『月桃夜』遠田 潤子 新潮文庫 2015年12月1日発行 この世の終わりなら ふたりの全てが許され

記事を読む

『きみの町で』(重松清)_書評という名の読書感想文

『きみの町で』重松 清 新潮文庫 2019年7月1日発行 あの町と、この町、あの時

記事を読む

『ちょっと今から人生かえてくる』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『ちょっと今から人生かえてくる』北川 恵海 メディアワークス文庫 2019年7月25日初版

記事を読む

『三度目の恋』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『三度目の恋』川上 弘美 中公文庫 2023年9月25日 初版発行 そんなにも、彼が好きなの

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑