『白い衝動』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/09
『白い衝動』(呉勝浩), 作家別(か行), 呉勝浩, 書評(さ行)
『白い衝動』呉 勝浩 講談社文庫 2019年8月9日第1刷

第20回大藪春彦賞受賞作
主人公の奥貫千早は、小中高一貫の 「天錠学園」 で、スクールカウンセラーをしている。(中略) ある日、高等部一年の野津秋成がやってくる。「人を殺したい」 という衝動を抱えているという彼は、学園で飼われている仔山羊の腱を切ったのは自分だと告白する。野津は本当のことをいっているのか。千早はとまどいながら、カウンセリングを続ける。
一方、かつて残虐な連続監禁暴行事件を起こし、十五年間服役していた入壱要が、市内で暮らしているという噂が広まる。それは真実であった。金属バットを持って徘徊する入壱の存在に、人々の緊張が高まっていく。やがて千早の師である白川大学准教授の寺兼英輔が、入壱と話し合うことになり、彼女も立ち会うことになる。ところが千早の夫の紀文が局アナをしているラジオ番組に出演した、犯罪被害者支援団体代表で、連続監禁暴行事件の被害者の親族である白石重三が、とんでもない発言をしてしまう。それ以前から千早に接触していた、週刊誌記者の坪巻研進を始めとするマスコミが集まる。不穏な空気が高まる中、千早は悩みながら行動するのだった。(解説より)
〇野津秋成という少年について
彼の場合、「人を殺してみたい」 という衝動は、ある時、あるタイミングに限り、ふいにやってくる。理由はない。”わからない” のではなく、端から “ない” のである。理由がないのに 「人を殺してみたい」 と思う衝動を抑え切れない彼は、できれば 「殺すべき人間」 (=殺すに値する人間) を殺したいと考えている。断っておくが、彼は異常でも何でもない。むしろ理知的で控え目な、ごく普通の高校生である。
〇連続監禁暴行犯・入壱要について
彼は服役を終え、既に社会復帰している。とは言え、彼の “凶悪な犯罪者” としてのイメージは、15年経った今も色濃く残り、どうかすると、今にもまた過去と同様の犯罪に手を染めるのではないかと、謂れのない噂が囁かれている。彼がしたことはそれほどに残虐で、かつ異常なものだった。
犯行のきっかけは、たんなる偶然だった。大学四年の秋、入壱は街で見かけた好みの女性 - 被害者は共通して色白、黒髪の女子高生だ - の後をつけ、彼女を襲う妄想を膨らませたという。(後略)
〈家が暗くて、たぶん誰もいないんだろうなと思いました。もしかしたら少しだけ、触っても大丈夫かなと思いました。深くは考えていなかったと思います。それで彼女がドアを閉めようとする直前に声をかけて、扉が開いた瞬間に左手で口を押えて、右手で首を握って、押し倒しました。耳元で騒ぐなと囁いたら、その目が、震えてて、涙があふれてきて、あと、オシッコを漏らして、それで、勃起しました〉
彼女自身の服で両手両足を縛り、口を塞いだ。キッチンにあったステンレス製の包丁で脅し、行為をした。
〈なんていうか、自分が満たされていく感じがしました〉
入壱が真に異常なのは、このあとである。
車のエンジン音がしたので玄関に隠れ、両親を待ち伏せした。玄関にあったゴルフクラブで父親の膝を叩き、母親の顎をはね上げた。なすすべもなく崩れ落ちた両親を縛り上げ、キッチンに転がすと、目の前で再び娘を襲った。(後略)
〈足の指を潰そうと思ったのは、なんていうか、この子はもう駄目だろうから、もっと不幸にしてあげれば、この先みんなから同情してもらえるんじゃないかと思って〉
入壱要は、そう供述したのだった。これ以上やったら死んでしまうと思い、被害者宅を出たその二日後、今度は千葉で、同じ手順で二度目の犯行に及ぶのだった。最初と違ったのは、指を潰したのではなく、切り落としたことだった。
そして三度目が茨城だ。
〈今の再生医療はすごいというのをネットで知りました。義指も精巧になっているって、だから目を潰すことにしたんです〉
しかし耳の鼓膜、そしてアキレス腱を切断した理由について尋ねられると 〈なんとなく、そのほうがいいような気がして〉 と曖昧な発言しかしていない。結局、自分の嗜虐欲求のための暴行であろと鑑定人は断じている。
〈死んじゃったら、かわいそうだから〉
自ら通報し、入壱要は逮捕されるにいたった。(引用は全て本文より)
※さて、千早のもとに訪れた野津秋成という少年に対し、カウンセラーとして彼女は何とアドバイスするのでしょう。最初千早は、からかわれているのだ思います。落ち着き払い、言うことすべてに破綻がなさ過ぎたからです。が、彼は一切、嘘を付いていません。
ところで、野津秋成と入壱要とは、どこでどんな風に関わっていくのでしょう? 後出しぎみではありますが、実は千早は入壱要という人物をとうに知っており、それがため白川大学へ進学し、会うべくして寺兼英輔と出会うのでした。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆呉 勝浩
1981年青森県生まれ。
大阪芸術大学映像学科卒業。
作品 「ロスト」「蜃気楼の犬」「道徳の時間」「ライオン・ブルー」など
関連記事
-
-
『無限の玄/風下の朱』(古谷田奈月)_書評という名の読書感想文
『無限の玄/風下の朱』古谷田 奈月 ちくま文庫 2022年9月10日第1刷 第31
-
-
『じい散歩』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文
『じい散歩』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月11日 第13刷発行 読み終えた僕は、胸を温
-
-
『じっと手を見る』(窪美澄)_自分の弱さ。人生の苦さ。
『じっと手を見る』窪 美澄 幻冬舎文庫 2020年4月10日初版 物語の舞台は、富
-
-
『連鎖』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『連鎖』黒川 博行 中央公論新社 2022年11月25日初版発行 経営に行き詰った
-
-
『さようなら、オレンジ』(岩城けい)_書評という名の読書感想文
『さようなら、オレンジ』岩城 けい ちくま文庫 2015年9月10日第一刷 オーストラリアに流
-
-
『図書室』(岸政彦)_書評という名の読書感想文
『図書室』岸 政彦 新潮社 2019年6月25日発行 あの冬の日、大阪・淀川の岸辺で
-
-
『残穢』(小野不由美)_書評という名の読書感想文
『残穢』小野 不由美 新潮文庫 2015年8月1日発行 この家は、どこか可怪しい。転居したばかりの
-
-
『自転しながら公転する』(山本文緒)_書評という名の読書感想文
『自転しながら公転する』山本 文緒 新潮文庫 2022年11月1日発行 第16回
-
-
『坂の上の赤い屋根』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文
『坂の上の赤い屋根』真梨 幸子 徳間文庫 2022年7月15日初刷 二度読み必至!
-
-
『十九歳のジェイコブ』(中上健次)_書評という名の読書感想文
『十九歳のジェイコブ』中上 健次 角川文庫 2006年2月25日改版初版発行 中上健次という作家