『リリアン』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『リリアン』岸 政彦 新潮社 2021年2月25日発行

リリアン

街外れで暮らすジャズ・ベーシストの男と、
近所の酒場で知り合った女。
星座のような会話が照らす大阪の二人、その人生。
(新潮社)

第38回織田作之助賞受賞作、岸政彦の 『リリアン』 を読みました。

あのな、
うん。
もっかいリリアンの話して。
なんで
ええから。
なんでよ
ええから。

俺35歳、職業はジャズ・ベーシスト。とりあえず食えてはいるのですが、そろそろ今の自分にけりをつけようとしています。好きな音楽をやめようと考えています。

その夜は十三にある小さなスナックみたいなジャズクラブで演奏をした。あいかわらず客は五人ぐらい。ギャラはチャージバック、つまり歩合制で、チャージが千五百円で客が五人だとたぶんメンバーひとりあたり手取りが千円ぐらいで、駐車場代にもなるかならないかぐらいで、今日もまた赤字だなと思う。
どうしてこんなことやってるのかわからなくなるときもある。北新地でやってる仕事はそこそこのギャラが保証されていて、といっても一晩で一万円ぐらいだけど、その仕事とミナミの音楽教室の講師の仕事で、なんとか生活はできている。たぶんその合間に大阪や京都や神戸のジャズクラブで演奏するのが、自分のほんとうにやりたいことなんだろう。だから千円のギャラでも喜んでやる。

45歳の美沙とは、ある日の飲み屋で知り合いました。美沙には、(元気でいれば) 二十歳を過ぎた娘がいます。

美沙さん、結婚してたの?
してない。
そっか。
うん。
ごめん
ううん
こういうのって話したくないんかな
そんなことないで
そっか
じゃ、子どもだけできたの?
うん。
男はどないしたん
知らんと思う。
え?
私が知らんのやなくて、向こうが。あのな、たぶん、いまでも知らんと思う。
そうなんや。
自分に子どもができてて、それが十歳ぐらいまで大きなってたっていうことも知らんかったと思う。
そうか。
もちろんどうなったかも知らん。
そうやねんな。

ドラム担当の光藤さんが言いました。(優しいやつは、役に立たんのや) と。

この言葉は身に沁みました。俺は美沙さんに一緒に住まへんかと告白し、した直後、絶対に言ったらあかんことを言ったと後悔します。

俺は何を期待してたんだろう。うれしい、ありがとうと、大げさに喜んでほしかったんだろうか。
でも俺は、美沙さんを憐れんでるんじゃなくて、ほんとうに一緒になりたかった。
でも、それを正直に言うと、結局それは、励ましたり、憐れんだりしていることと同じことになってしまう。
もし、かわいそうとか思ってるんじゃなくて、純粋に一緒なりたいんやでと言ってもそれも、励ましで言ってるひとの言い方と同じになってしまう。

と続きます。ひとに優しくするというのはとても難しい。そしてここぞというとき、優しい人間は、たいてい何の役にも立ちません。

この本を読んでみてください係数 85/100

リリアン

◆岸 政彦
1967年生まれ。
大阪市立大学大学院文学研究科単位取得退学。社会学者。立命館大学大学院教授。

作品 「同化と他者化 - 戦後沖縄の本土就職者たち」「街の人生」「断片的なものの社会学」「ビニール傘」「図書室」「大阪」他

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