『リリアン』(岸政彦)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/06
『リリアン』(岸政彦), 作家別(か行), 岸政彦, 書評(ら行)
『リリアン』岸 政彦 新潮社 2021年2月25日発行

街外れで暮らすジャズ・ベーシストの男と、
近所の酒場で知り合った女。
星座のような会話が照らす大阪の二人、その人生。(新潮社)
第38回織田作之助賞受賞作、岸政彦の 『リリアン』 を読みました。
あのな、
うん。
もっかいリリアンの話して。
なんで
ええから。
なんでよ
ええから。
俺35歳、職業はジャズ・ベーシスト。とりあえず食えてはいるのですが、そろそろ今の自分にけりをつけようとしています。好きな音楽をやめようと考えています。
その夜は十三にある小さなスナックみたいなジャズクラブで演奏をした。あいかわらず客は五人ぐらい。ギャラはチャージバック、つまり歩合制で、チャージが千五百円で客が五人だとたぶんメンバーひとりあたり手取りが千円ぐらいで、駐車場代にもなるかならないかぐらいで、今日もまた赤字だなと思う。
どうしてこんなことやってるのかわからなくなるときもある。北新地でやってる仕事はそこそこのギャラが保証されていて、といっても一晩で一万円ぐらいだけど、その仕事とミナミの音楽教室の講師の仕事で、なんとか生活はできている。たぶんその合間に大阪や京都や神戸のジャズクラブで演奏するのが、自分のほんとうにやりたいことなんだろう。だから千円のギャラでも喜んでやる。
45歳の美沙とは、ある日の飲み屋で知り合いました。美沙には、(元気でいれば) 二十歳を過ぎた娘がいます。
美沙さん、結婚してたの?
してない。
そっか。
うん。
ごめん
ううん
こういうのって話したくないんかな
そんなことないで
そっか
じゃ、子どもだけできたの?
うん。
男はどないしたん
知らんと思う。
え?
私が知らんのやなくて、向こうが。あのな、たぶん、いまでも知らんと思う。
そうなんや。
自分に子どもができてて、それが十歳ぐらいまで大きなってたっていうことも知らんかったと思う。
そうか。
もちろんどうなったかも知らん。
そうやねんな。
ドラム担当の光藤さんが言いました。(優しいやつは、役に立たんのや) と。
この言葉は身に沁みました。俺は美沙さんに一緒に住まへんかと告白し、した直後、絶対に言ったらあかんことを言ったと後悔します。
俺は何を期待してたんだろう。うれしい、ありがとうと、大げさに喜んでほしかったんだろうか。
でも俺は、美沙さんを憐れんでるんじゃなくて、ほんとうに一緒になりたかった。
でも、それを正直に言うと、結局それは、励ましたり、憐れんだりしていることと同じことになってしまう。
もし、かわいそうとか思ってるんじゃなくて、純粋に一緒なりたいんやでと言ってもそれも、励ましで言ってるひとの言い方と同じになってしまう。
と続きます。ひとに優しくするというのはとても難しい。そしてここぞというとき、優しい人間は、たいてい何の役にも立ちません。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆岸 政彦
1967年生まれ。
大阪市立大学大学院文学研究科単位取得退学。社会学者。立命館大学大学院教授。
作品 「同化と他者化 - 戦後沖縄の本土就職者たち」「街の人生」「断片的なものの社会学」「ビニール傘」「図書室」「大阪」他
関連記事
-
-
『夜に星を放つ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文
『夜に星を放つ』窪 美澄 文藝春秋 2022年7月30日第2刷発行 第167回 直木
-
-
『続々・ヒーローズ (株)!!! 』(北川恵海)_仕事や人生に悩む若いあなたに
『続々・ヒーローズ (株)!!! 』北川 恵海 メディアワークス文庫 2019年12月25日初版
-
-
『虚談』(京極夏彦)_この現実はすべて虚構だ/書評という名の読書感想文
『虚談』京極 夏彦 角川文庫 2021年10月25日初版 *表紙の画をよく見てくださ
-
-
『黒い家』(貴志祐介)_書評という名の読書感想文
『黒い家』貴志 祐介 角川ホラー文庫 1998年12月10日初版 若槻慎二は、生命保険会社の京都支
-
-
『颶風の王』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文
『颶風の王』河﨑 秋子 角川文庫 2024年1月25日 8刷発行 新・直木賞作家の話題作 三
-
-
『鯨の岬』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文
『鯨の岬』河﨑 秋子 集英社文庫 2022年6月25日第1刷 札幌の主婦奈津子は、
-
-
『リリース』(古谷田奈月)_書評という名の読書感想文
『リリース』古谷田 奈月 光文社 2016年10月20日初版 女性首相ミタ・ジョズの活躍の下、同性
-
-
『ここは、おしまいの地』(こだま)_書評という名の読書感想文
『ここは、おしまいの地』こだま 講談社文庫 2020年6月11日第1刷 私は 「か
-
-
『坂の途中の家』(角田光代)_書評という名の読書感想文
『坂の途中の家』角田 光代 朝日文庫 2018年12月30日第一刷 最愛の娘を殺し
-
-
『喧嘩(すてごろ)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『喧嘩(すてごろ)』黒川 博行 角川書店 2016年12月9日初版 「売られた喧嘩は買う。わしの流