『サブマリン』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文
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『サブマリン』(伊坂幸太郎), 伊坂幸太郎, 作家別(あ行), 書評(さ行)
『サブマリン』伊坂 幸太郎 講談社文庫 2019年4月16日第1刷
『チルドレン』 から、12年。家裁調査官・陣内と武藤が出会う、新たな少年たちと、罪と罰の話。
偶然なのか、運命か?
暗い深海からの声を見つけたい。
家裁調査官は今日も加害少年たちのもとへ。(講談社文庫)
陣内と武藤の腐れ縁コンビは、無免許運転のあげく歩行者をはねて死なせた少年・棚岡佑真の面談に当たっていたが、彼はなかなか話に応じない。棚岡は自らも交通事故で両親を失っており、やがてその後も交通事故に巻き込まれ友人を失っていたことが判明する。その加害者の少年を、陣内が担当していたことも。
いっぽう武藤は、ネット上で暗躍する脅迫文投稿者に脅迫状を送り付けたあげく自首した少年・小山田俊の試験観察も担当していたが、ある日俊がネットの殺人予告者が犯行に移そうとしていると伝えてくる。
物語は棚岡と小山田というふたりの加害者少年を軸にまず動いていくが、読みどころはやはり陣内の相変わらずの変人ぶり。武藤にいわせれば、「自信満々で何でもできるような態度で、はた迷惑な人」 だが、実は棚岡の事件とは深い関わりがあり、そこから意外な一面も浮かび上がってくる。
先の読めないプロットの妙もさることながら、有能だがへそまがり、強面だがナイーヴといった伊坂小説の多面的なキャラクター造形はやはり魅力的だ。
十二年ぶりの続篇の題材が交通事故とはちょっと意外、もっと意表を突いてくるかと思ったが、確かに交通事故は理不尽な悲劇をもたらすし、後半さらなる犯罪も絡み、水面下に潜んでいた加害者/被害者の因果の糸が手繰られていくにつれて納得。謎の鮮やかな回収といい、やっぱり伊坂印にハズレなしだった。(香山二三郎/週刊文春2016.06.07掲載文より)
「人を車で撥ねた奴を、撥ねたらどうして駄目なんだよ。おかしいだろ」 棚岡佑真は、僕が会ってから初めて、声を荒げた。大きなものではなかったが、それは喉の奥から絞り出されたものだ。
どうして駄目なんだよ。
彼に襟首をつかまれ、詰め寄られている気分だった。
どうして、駄目なんだ。
説明しろよ。
そう言われても説明することができない。同時に、若林青年のことを考えていた。そんなにひどいことが重なるなんて、ひどいじゃないですか、と言った彼のことだ。
「気持ちは分かる」 陣内さんも言った。「試合中、ファウルされた側が病院に送られたってのに、反則したほうの選手はプレイを続けているようなもんだよな」
「はい」
「だけど、そいつにタックルして、病院送りにすればいいってもんじゃねえだろうが」
そうですかね? と言うような表情で、棚岡佑真は黙った。少し下を向いている。病院送りにして何がいけないんですか、と言いたいのだろうが、気持ちはどうせ分かってもらえないのだ、と諦めたのかもしれない。(P206.207)
もしも - 、もしもあなたが大切に思う人が、ある日突然、見知らぬドライバーの一方的な過失による交通事故の被害者になり、不運にも命を落としてしまったとしたら、どうでしょう? 事故は、故意ではありません。しかし、寝不足や不注意などが原因で、ある意味 “起こるべくして起こった” ものでした。
一瞬にしてかけがえのない人の命を奪ってしまう。ついさっきまで一緒にいた友が、目の前で車に撥ねられる。その時、あなたは正気でいられますか? それとも・・・・・・・
この本を読んでみてください係数 85/100
◆伊坂 幸太郎
1971年千葉県生まれ。
東北大学法学部卒業。
作品 「オーデュポンの祈り」「アヒルと鴨のコインロッカー」「死神の精度」「ゴールデンスランバー」「グラスホッパー」「重力ピエロ」「AX アックス」他多数
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