『スペードの3』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『スペードの3』(朝井リョウ), 作家別(あ行), 書評(さ行), 朝井リョウ

『スペードの3』朝井 リョウ 講談社文庫 2017年4月14日第一刷

有名劇団のかつてのスター〈つかさ様〉のファンクラブ「ファミリア」を束ねる美知代。ところがある時、ファミリアの均衡を乱す者が現れる。つかさ様似の華やかな彼女は昔の同級生。なぜ。過去が呼び出され、思いがけない現実が押し寄せる。息詰まる今を乗り越える切り札はどこに。屈折と希望を描いた連作集。(講談社文庫)

私は、私のために、よりよくなりたい。

それは何時も、誰もが願うことです。但し、自分の考えや、ためを思ってする行動が常に正しいとは限りません。小学生の頃信じてした振る舞いも、大人になって思うとただ身勝手なだけの、独りよがりの思い上がりでしかなかったのかもしれません。

幼かったあの頃の彼女と今の彼女が、〈同じ場所〉にいるとは限りません。否、大抵はもう〈そこ〉にはいないのだと思った方がいい。変わらないと錯覚しているのは、たぶん、あの頃がとても〈生き易かった〉自分だけなんだと。そう思わなければなりません。

なんか、学校みたい」「しかも、小学校
小学校って、勉強ができるとか、足が速いとか、なにかひとつ優れたものがあればまとめ役になれた最後の時代だったよね

理科の実験で進行役をやる、とか、合唱で伴奏をやる、とか、しおりの表紙を書きたがる、とか」- アキは、(美知代を)気にせず続けます。

学級委員をやる、とか
・・・・・・・・・
アキは、見違えるくらいの美しい女性になっています。小学生の頃、ブスで無口で、誰にも相手にされなかったあの少女が、長い時を経て、まるで違う女性になって、再び美知代の前に現れます。

誰もが嫌い、仲間にしなかった彼女を、率先して自分のいるグループに引き入れたのはわたし - 美知代は美知代で、アキはまたアキで、そのときの様子を今でもはっきりと思い出すことができます。

当時美知代は、学級委員をしています。それ以前もずっとそうで、彼女は、それがするべき(学校での)自分に与えられた役割だと信じて疑うことがありません。先生やクラスの仲間たちも、彼女が学級委員であることを十分に認めています。

何の問題もない。美知代がそう思う矢先に、一人の転校生がやって来ます。尾上愛季(おのうえあき)という名の少女は、明らかにクラスにいる女子の中で一番可愛く、字がとても上手で、美知代のほかに唯一人、ピアノを弾くことができます。

愛季は、見る間にクラスに溶け込んでいきます。そして、それとは逆に、美知代は徐々に自分の居場所を失くしていきます。6年生になり、美知代はとうとう学級委員に選ばれなくなってしまいます。

「同じ条件の中でみんなで手をつないで、平等に、手に入らないものを見つめ続けてる。その中で、ちょっとだけ自分がリードしていることに優越感を感じてる。あのときは五十嵐君。いまはつかさ様」

「絶対に近づくことのできないつかさ様に、五十嵐君を重ねてるんでしょ? そうやって、五十嵐君を手に入れられなかった過去の自分を、必死に認めてあげてるんだよね」

美知代は、よく知っているつもりだったアキの外見を改めて見直しています。周りの人にどんな言葉で表現されているのか、何度も何度も聞いてきたはずだったのに、実はその顔を構成しているひとつひとつの形は何も知らなかったのだと思います。

瞼のふくらみ、鼻の筋、そのひとつひとつの形は、実はきれいだったことに気付きます。

(合奏でした)指揮棒を探す。もう治った指で弾けるピアノを探す。みんなで作ったしおりを探す。修学旅行の夜、(大富豪というトランプゲームで)最後まで大切に抱えていたあの(切り札の)カードを探す。だけど、そんなものはもうどこにもない。

そんなものは、もうどこにもないのだと、(別人になった)アキを前にして、美知代はいまさらに思うのでした。

※ 物語は第1章「スペードの3」、第2章「ハートの2」、第3章「ダイヤのエース」と三部で構成されています。蛇足ですが、「アキ」は「尾上愛季」のことではありません。「明元むつ美」という、もう一人いる別の女性のことです。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆朝井 リョウ
1989年岐阜県垂井町生まれ。
早稲田大学文化構想学部卒業。

作品 「桐島、部活やめるってよ」「何者」「世界地図の下書き」「もういちど生まれる」「少女は卒業しない」「何様」他

関連記事

『歩道橋シネマ』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『歩道橋シネマ』恩田 陸 新潮文庫 2022年4月1日発行 ありふれた事件 - 銀行

記事を読む

『罪の轍』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『罪の轍』奥田 英朗 新潮社 2019年8月20日発行 奥田英朗の新刊 『罪の轍』

記事を読む

『肝、焼ける』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『肝、焼ける』朝倉 かすみ 講談社文庫 2009年5月15日第1刷 31歳になった

記事を読む

『首里の馬』(高山羽根子)_書評という名の読書感想文

『首里の馬』高山 羽根子 新潮文庫 2023年1月1日発行 第163回芥川賞受賞作

記事を読む

『無理』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『無理』奥田 英朗 文芸春秋 2009年9月30日第一刷 〈ゆめの市〉は、「湯田」「目方」「

記事を読む

『新宿鮫』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文(その2)

『新宿鮫』(その2)大沢 在昌 光文社(カッパ・ノベルス) 1990年9月25日初版 書評その1

記事を読む

『コロナと潜水服』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『コロナと潜水服』奥田 英朗 光文社文庫 2023年12月20日 初版1刷発行 ちょっぴり切

記事を読む

『ザ・ロイヤルファミリー』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『ザ・ロイヤルファミリー』早見 和真 新潮文庫 2022年12月1日発行 読めば読

記事を読む

『整形美女』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『整形美女』姫野 カオルコ 光文社文庫 2015年5月20日初版 二十歳の繭村甲斐子は、大きな瞳と

記事を読む

『眠れない夜は体を脱いで』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『眠れない夜は体を脱いで』彩瀬 まる 中公文庫 2020年10月25日初版 自分の

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『今日のハチミツ、あしたの私』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『今日のハチミツ、あしたの私』寺地 はるな ハルキ文庫 2024年7

『アイドルだった君へ』(小林早代子)_書評という名の読書感想文

『アイドルだった君へ』小林 早代子 新潮文庫 2025年3月1日 発

『現代生活独習ノート』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『現代生活独習ノート』津村 記久子 講談社文庫 2025年5月15日

『受け手のいない祈り』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『受け手のいない祈り』朝比奈 秋 新潮社 2025年3月25日 発行

『蛇行する月 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『蛇行する月 』桜木 紫乃 双葉文庫 2025年1月27日 第7刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑