『ギッちょん』(山下澄人)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『ギッちょん』(山下澄人), 作家別(や行), 山下澄人, 書評(か行)

『ギッちょん』山下 澄人 文春文庫 2017年4月10日第一刷

四十歳を過ぎた「わたし」の目の前を去来する、幼なじみの「ギッちょん」の姿 - 子供みたいにさみしく、無垢な文章。そこには別の時間が流れ、ページを繰るたびに新たな世界が立ち上がる - 鮮烈なスタイルで現れた芥川賞作家・山下澄人の、芥川賞候補作「ギッちょん」「コルバトントリ」を含む初期傑作集。◎解説・小川洋子(文春文庫)

※太字の部分は全て、解説にある小川洋子さんの文章からの引用です。

『ギッちょん』を読めば、一応、一人の男の人生が浮かび上がってくる。父に生活力はなく、三面鏡は割れ、母は妹を連れて家を出て行く。喘息持ちのわたしはギッちょんと一緒に川にはまり、子猫と戯れ、パトカーを海に転落させる。

暴力沙汰を起こし、仕事を転々とし、ふと気づくとギッちょんは姿を消しており、女とアメリカへ渡るも裏切られ、ホームレスにもなり、やがて末期がんに倒れる。

そう。それはその通りに違いないのですが、どうも、それが言いたくて書いた小説ではないような感じがします。そんなこととは別に、もっと違う世界のことが書いてあるのではないかと。

言葉と言葉の間にこそ存在し、説明するのがとても難しい何かを言おうとして仕方なく書いた話ではないかと思います。

実に「芥川賞」らしい小説ではあります。「子供みたいにさみしく、無垢な文章」は、ときに時空をシャッフルし、ついでのようにして別の何かを言い添えたりします。読みやすいかといえばそうともいえず、ずいぶんと好き嫌いがあるのではないでしょうか。

おそらくは、「読む」というより、「感じる」べき小説なのだと思います。それが証拠に、冒頭に記した筋書きの後、続けて小川洋子さんはこんな風に結論します。

しかし、だからと言って何がどうなるわけでもない。謎が解けたり、腑に落ちたり、悟りが開けたり、未来が照らされたり、といった読み手にとって都合のいい、すっきりとした展開は一切訪れない。

常に読み手は置き去りにされる。ギッちょんのいる世界を因果関係で説明するのは不可能なのだ。

そう。これもこの通りに違いありません。

『ギッちょん』を読み、安易に、何か得難いものを得ようとする、賤しい性根こそ問われているのではないかと。人はみな、窺い知れぬ、何か途方もなく大きな流れの中で、ただ生かされているだけなのだということに、気付かぬ方が莫迦なんだと言わんばかりに・・・・

物事がそんなわたし寄りに起こるはずがない。

・・・・人々が絶えず自分に言い聞かせているのは、つまりこういうことなのだと思う。自分が勝手に断定してしまっていいのか? この問いが小説の根底に響き続けている。語り手たちは皆、迷ってばかりで、自信がなく、肝心なことをすぐに忘れる。

生かされている世界に圧倒され、その前でちっぽけな自分を持て余している。

彼女はそう言ってのけるのです。

※各章の頭に、一見ランダムに思える数字が振ってあります。何のことかがわからないとスッキリしないと思いますので、それだけお教えしておきます。その数字は「年齢」を指しています。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆山下 澄人
1966年兵庫県神戸市生まれ。
神戸市立神戸商業高等学校(現六甲アイランド高等学校)卒業。倉本聰の富良野塾二期生。

作品 「緑のさる」「砂漠ダンス」「ルンタ」「鳥の会議」「しんせかい」など

関連記事

『ヤイトスエッド』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『ヤイトスエッド』吉村 萬壱 徳間文庫 2018年5月15日初刷 近所に憧れの老作家・坂下宙ぅ吉が

記事を読む

『婚礼、葬礼、その他』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『婚礼、葬礼、その他』津村 記久子 文春文庫 2013年2月10日第一刷 「旅行の日程など関

記事を読む

『飼う人』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『飼う人』柳 美里 文春文庫 2021年1月10日第1刷 結婚十年にして子どもがで

記事を読む

『コンビニ人間』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『コンビニ人間』村田 沙耶香 文藝春秋 2016年7月30日第一刷 36歳未婚女性、古倉恵子。大学

記事を読む

『キッドナッパーズ』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『キッドナッパーズ』門井 慶喜 文春文庫 2019年1月10日第一刷 表題作 「キッ

記事を読む

『忌中』(車谷長吉)_書評という名の読書感想文

『忌中』車谷 長吉 文芸春秋 2003年11月15日第一刷 5月17日、妻の父が86歳で息を

記事を読む

『合理的にあり得ない』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『合理的にあり得ない』柚月 裕子 講談社文庫 2020年5月15日第1刷 上水流涼

記事を読む

『きのうの神さま』(西川美和)_書評という名の読書感想文

『きのうの神さま』西川 美和 ポプラ文庫 2012年8月5日初版 ポプラ社の解説を借りると、『ゆ

記事を読む

『騙る』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『騙る』黒川 博行 文藝春秋 2020年12月15日第1刷 大物彫刻家が遺した縮小

記事を読む

『彼女がその名を知らない鳥たち』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

『彼女がその名を知らない鳥たち』沼田 まほかる 幻冬舎文庫 2009年10月10日初版 8年前

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑