『愚者の毒』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『愚者の毒』(宇佐美まこと), 作家別(あ行), 宇佐美まこと, 書評(か行)

『愚者の毒』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2017年9月10日第4刷

1985年、上野の職安で出会った葉子と希美。互いに後ろ暗い過去を秘めながら、友情を深めてゆく。しかし、希美の紹介で葉子が家政婦として働き出した旧家の主の不審死をきっかけに、過去の因縁が二人に襲いかかる。全ての始まりは1965年、筑豊の廃坑集落で仕組まれた、陰惨な殺しだった・・・・・・・。絶望が招いた罪と転落。そして、裁きの形とは? 衝撃の傑作! (祥伝社文庫)

(2017年) 第70回日本推理作家協会賞長編部門および連作短編集部門受賞作 宇佐美まことの 『愚者の毒』 を読みました。たまたま読んだ 『るんびにの子供』 が面白かったので、著者の代表作の一番にあった本作を読みました。期待以上の出来に只々感動しています。解説の杉江恋松氏ではないですが、「また一冊、よい小説を読んだ。」 そんな気持ちになりました。

目次
第一章 武蔵野陰影
第二章 筑豊挽歌
第三章 伊豆溟海

1985年、35歳の香川葉子は職業安定所で起きた出来事が元で、生年月日がまったく同じという女性、石川希美と出会う。希美は、葉子とは別世界の住人のように洗練された女性だったがなぜかうまがあい、住み込みの家政婦という仕事まで紹介される。

世話をすることになったのは、難波寛和という男性だった。彼は難波家の婿養子であり、いずれは繊維メーカー・ナンバテックの経営者になることが決まっていた。しかし事情があり、彼を飛び越して妻である佳世子が先夫との間に儲けた長男・由起夫がその地位を継承したのである。(以下略)

葉子には達也という扶養家族がいた。自分の子供ではない。借金苦で心中した妹夫婦の忘れ形見である。両親が焼身自殺を遂げたという心的外傷によるものか、四歳になるのに達也はほとんど喋らず、心細いほどの意思疎通しかできない。

しかし、そんな彼に対しても難波家の父子は態度を変えることなく接してくれるのである。まるで本当の家族のように暖かい人間関係、そして邸のある武蔵野台地での穏やかな暮らしによって、疲れ切った葉子の心も次第に癒されていく。

- とここまでなら、この小説は 「葉子と達也」 が中心の話だと思うかもしれません。ところが、そうではないのです。二人は、この物語における 「最も重要な人物」 ではありますが、「主役」 ではありません。

武蔵野陰影と題された第一章は、右の (上の) ような過去の日々と、2015年夏の現在とがカットバックする形で綴られていく。この叙述の形式は第二章筑豊挽歌 においても継承される。ここで語られる過去は、1965年の筑豊地方、鉱山が閉じられたために住民全員が極貧の生活を強いられている集落の物語だ。二つの章、三つの作中時間が第三章 伊豆溟海で合流し、すべての謎が明らかになる。(解説より)

達也は、上手く話すことができません。医者からは 「精神発達遅滞では」 と言われたりもします。返せるあてのない借金を抱えた上に、葉子にとって達也は思った以上の負担になります。そんな状況を救ってくれたのが希美でした。

希美は、法律事務所で秘書のような仕事をしています。(それで十分ではないかと思うのですが) その頃彼女はある訳があり、転職しようと職業安定所に通っています。

生年月日がまるで同じ葉子と希美が出会ったのは、そして、とても “うまがあった” のは、ただの偶然だったのでしょうか? それとも、 “運命” だったのでしょうか。

実は、希美は、葉子のそれとは比較できないくらいの 「過去」 を抱えています。

葉子の過去と、希美の過去。最初葉子は、恥ずかしさのあまり、自分が抱える不幸の中身を隠しています。人目を忍び、目立たぬことで、達也とひっそり生きて行こうと考えています。

一方希美は、葉子が望む暮らしすらも手にすることができません。それには、彼女ともう一人の人物の、長い歴史に貼り付いた、捩れて解けようもない訳があります。そのことが、第二章以降に書いてあります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆宇佐美 まこと
1957年愛媛県松山市生まれ。
松山商科大学人文学部卒業。

作品 「虹色の童話」「入らずの森」「角の生えた帽子」「死はすぐそこの影の中」「熟れた月」「るんびにの子供」「ボニン浄土」他

関連記事

『生皮/あるセクシャルハラスメントの光景』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『生皮/あるセクシャルハラスメントの光景』井上 荒野 朝日新聞出版 2022年4月30日第1刷

記事を読む

『死体でも愛してる』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『死体でも愛してる』大石 圭 角川ホラー文庫 2020年8月25日初版 台所に立っ

記事を読む

『私の盲端』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『私の盲端』朝比奈 秋 朝日文庫 2024年8月30日 第1刷発行 三島賞、野間文芸新人賞、

記事を読む

『神様からひと言』(荻原浩)_昔わたしが、わざとしたこと

『神様からひと言』荻原 浩 光文社文庫 2020年2月25日43刷 大手広告代理店

記事を読む

『金魚姫』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『金魚姫』荻原 浩 角川文庫 2018年6月25日初版 金魚の歴史は、いまを遡ること凡そ千七百年前

記事を読む

『彼女は存在しない』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文

『彼女は存在しない』浦賀 和宏 幻冬舎文庫 2003年10月10日初版 平凡だが幸せな生活を謳歌し

記事を読む

『獅子渡り鼻』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文

『獅子渡り鼻』小野 正嗣 講談社文庫 2015年7月15日第一刷 小さな入り江と低い山並みに挟

記事を読む

『陰日向に咲く』(劇団ひとり)_書評という名の読書感想文

『陰日向に咲く』劇団ひとり 幻冬舎文庫 2008年8月10日初版発行 この本が出版されたのは、も

記事を読む

『日輪の遺産/新装版』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『日輪の遺産/新装版』浅田 次郎 講談社文庫 2021年10月15日第1刷 これこ

記事を読む

『サブマリン』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文

『サブマリン』伊坂 幸太郎 講談社文庫 2019年4月16日第1刷 『チルドレン』

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『天使のにもつ』(いとうみく)_書評という名の読書感想文

『天使のにもつ』いとう みく 双葉文庫 2025年3月15日 第1刷

『救われてんじゃねえよ』(上村裕香)_書評という名の読書感想文

『救われてんじゃねえよ』上村 裕香 新潮社 2025年4月15日 発

『我らが少女A (上下)』 (高村薫)_書評という名の読書感想文

『我らが少女A (上下)』高村 薫 毎日文庫 2025年5月10日

『黒猫亭事件』(横溝正史)_書評という名の読書感想文

『黒猫亭事件』横溝 正史 角川文庫 2024年11月15日 3版発行

『一心同体だった』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『一心同体だった』山内 マリコ 集英社文庫 2025年4月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑