『死体でも愛してる』(大石圭)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『死体でも愛してる』(大石圭), 作家別(あ行), 大石圭, 書評(さ行)

『死体でも愛してる』大石 圭 角川ホラー文庫 2020年8月25日初版

台所に立っていると落ち着く。料理をすると心が凪いでいく。だからわたしは、最愛の夫が死んだ今日も包丁を握る。「彼の肉」 で美味しい料理を作るために。日増しに美しくなる娘に劣情を抱く父親、コンビニ店員に横恋慕した孤独な作業員 - 「異常」 なはずの犯罪者たちの独白を聞くうち、敏腕刑事・長谷川英太郎には奇妙な感情が湧き・・・・・・・。供述が生んだ悲劇とは!? あなたの心奧にひそむ欲望を刺激する、予測不可能な犯罪連作短編集。(角川ホラー文庫)

夏の章 ヴィーナスたちの種蒔き

その午後、警視庁の刑事課に所属する長谷川英太郎は、都内にある警察署の四階、署内に二部屋ある取調室のひとつにいた。取調官として容疑者の男と向き合っていた。

容疑者の名は下村秀一。年は四十二歳。下村秀一はプロの絵描きで、国立の美大の油絵科を卒業していた。

下村は自分にかけられている容疑のすべてを認めると言っているらしかったから、この取り調べは簡単に済むように思われた。きょうここで英太郎が下村から聞き出すべきなのは、彼が実の娘を殺害しなくてはならなかった理由と、娘を殺してから警察に通報するまでに四日のタイムラグがあったわけぐらいのものだった。

下村は、なぜ娘の夏来を殺害しなければならなかったのか? その理由を言う前に、彼は夏来の母親であり、妻の聡美について話をさせてほしいと言い出します。

聡美は水曜日ごとに大学にやって来て、学生たちの前でデッサンのモデルを務めた。

聡美は本当にスタイルが良かったから、どんな服でもよく似合っていた。四度目にモデルを務めた時の聡美は、黒いビキニの水着を着ていた。その肉体のあまりの美しさに、わたしだけでなく、ほとんどすべての学生の目が釘付けになった。それはまさにヴィーナスがいるかのようだった。

望んだ通りに、やがて二人は結婚します。

わたしは聡美をモデルにして、アトリエで数え切れないほどたくさんの絵を描いた。美大では描くことができなかった聡美のヌードも、何枚も、何枚も描いた。聡美の裸を描いている時には、いつも強い性的高ぶりを覚えた。その高ぶりに任せて、彼女をアトリエの床に押し倒したことも何度となくあった。

ヌードを描くということは、その女性と性的な交わりを持つことに限りなく近いのではないかと思っている。ほかの画家のことはよく知らない。だが、少なくとも、わたしにとって、女の裸体を描くということは、その女と交わるということだった。

やがて子供が生まれた。今からちょうど十七年前のことである。夏来の成長と入れ替わるようにして聡美が死んだのは、今から十年前のことだった。急に降り始めた夕立でスリップした車が、交差点で信号待ちをしていた聡美に突っ込んだのだ。聡美は即死だった。

聡美を失ってからは、夏来がわたしの生きる目的のすべてとなっていた。夏来はスクスクと成長していった。そして、一日ごとに大人びて、一日ごとに美しくなり、一日ごとに妻の聡美に似ていった。

長谷川は秘かに動揺しています。下村に似た性向が、もしかすると自分にもあるのではないかという疑いを、必死に否定しようとしています。

実の娘への性的な気持ちを語り始めた画家の顔を、長谷川英太郎はさらにまじまじと見つめた。英太郎の隣では、きょうの補佐官を務める部下の白井亮太が英太郎と同じことをしていた。

この下村という男は、やっぱり変態なんだ。犯罪者なんだ。真っ当で、常識的で、ごく普通の男に見えるけれど、実の娘とセックスをしたいと望むなんて・・・・・・・この男はやっぱり、極めて異常な変質者なんだ。(本文より/所々を割愛して抜粋)

・・・・・・・って、ほんとうにそうでしょうか? 下村ばかりを変態扱いにして、あなたは、自分はそうではないと言い切れるでしょうか? (あってはならない人に対する) 邪悪な気持ち、邪な感情などあるはずがない・・・・・・・と言えるでしょうか? こんな話を読むと尚更に、私は私の気持ちに自信が持てません。

秋の章 目のない魚
冬の章 愛ゆえに食す
春の章 春が来たって何になろ

以上、四つの章からなる妖しく刺激的な物語を心からご堪能ください。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆大石 圭
1961年東京都目黒区生まれ。
法政大学文学部卒業。

作品「履き忘れたもう片方の靴」「蜘蛛と蝶」「女が蝶に変るとき」「奴隷契約」「殺意の水音」「甘い鞭」「殺人鬼を飼う女」「地獄行きでもかまわない」他多数

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