『NO LIFE KING ノーライフキング』(いとうせいこう)_書評という名の読書感想文

『NO LIFE KING ノーライフキング』いとう せいこう 新潮社 1988年8月10日発行

『想像ラジオ』を読んだら、この人が書いた別の小説が読みたくなりました。1988年ですから、今から27年も前に出た著者のデビュー作です。私は前からこの本を持っていたのですが、どうも途中で投げ出したまま、長い間放置していたようです。

この小説は、小学生の間でブームとなっているゲームソフト「ライフキング」を巡る不思議な噂が大人の世界を蹂躙して、単に子供の戯言では済まなくなってしまう話です。子供たちの情報網は想像以上に広範囲で、速やかな伝達力と強固な結束力を持っていました。

彼らが夢中になったのは、現実の大人たちを大胆にデフォルメし、ユーモラスにキャラクター化したアクション・ロールプレイング・ゲームでした。家庭用ゲーム機「ディス・コン」用ゲームの中でも、爆発的なブームを巻き起こしていたのが「ライフキング」でした。

「ライフキング」の舞台は日本、主人公の小学生が呪われた世界を解放するゲームで、「敵」は身近にいる大人、教師や近所にいる怖い大人たちという設定です。攻略に必要な「裏技」や実は非公式のバージョンが存在するのでは、といったゲームに隠された密やかな要素が子供たちを魅了します。

通常バージョンの中に、クリアできないと呪われてしまう「ノーライフキング」バージョンが潜んでいると、まことしやかに囁かれることから物語は動き出します。
・・・・・・・・・・
主人公は小学校4年生の大沢まこと、仕事を持つ母親と二人暮らし。彼もまた「ライフキング」の攻略に熱中しています。

1月半ばの朝礼で、その事件は起きました。壇上の校長が「問題はディス・コン・ゲームだ!!」と話し出した直後に倒れ、そのまま死んでしまいます。子供たちは、恐怖と集団心理でパニック状態になります。校長が発した言葉、それこそが子供たちには重要でした。

それは、ノーライフキングの始まりにふさわしい言葉でした。最初の敵である”ファッツ”=校長が言葉を発した直後に倒れたことが、ノーライフキングの存在を確固たるものにしたのです。まことが通う黒見山小学校に蔓延した恐怖の噂は、生徒が通う塾、生徒が持つ電話ネットワーク、生徒がアクセスするPC網を通じて、瞬く間に全国に広がって行きます。

子供たちによる情報の拡散は、現実の社会にも甚大な影響を及ぼします。子犬が主人公の超人気アニメの視聴率は38%から23%へ、さらに10%へと急降下します。子供たちが、ライフキングに現れる二番目の敵=”子犬男”から逃げ回っていることが原因でした。

子犬を扱った大手フィルム会社のCFも、放送打ち切りになります。広告代理店が逆手を取って流した「七色戦士・プリズマン」の主役の死亡説も、所期の目論見を大きく外し、闇の帝王ノーライフキングを一挙に肥え太らせてしまう結果を招いてしまうのでした。
・・・・・・・・・・
1990年代、日本発のゲームは世界の市場の半分を占めるほどの大ブームを引き起こしていました。それは何も子供に限ったことではなく、当時十分大人だった私でさえ虜になった一人です。欲しいゲーム機がずっと品薄状態で、恥ずかしながら手に入ったときは子供のように歓んだものです。

ストーリーの奥行きや繊細な心理描写に重点を置き、キャラクターは人気を集めて多くのファンを獲得します。子供たちにとっては、現実とゲームの中のリアルさとが拮抗し、やがて境界は曖昧になり、その内に現実とゲームを分離する意味さえ失ってしまうのです。

小説全体が、まことをはじめ子供たちの切迫感で満ち溢れています。自分たちの身近に迫る「死」の気配に怯え、閉じ込められたノーライフキングの迷宮から一刻も早く抜け出さねばならないのです。彼らは、その難しさに打ちのめされています。
・・・・・・・・・・
『NO LIFE KING ノーライフキング』は、子供にとっての「リアル」が如何なるものかということを、巧みに描き出した小説です。

印象的なのは「お葬式」の場面です。呪いをもたらす「プリズマン消しゴム」のコレクションを最後まで離さなかったみのちんを責め立てた結果、彼が学校を休んだことをきっかけに、子供たちは「プリ消し」のお葬式をすることを思い付きます。

「プリ消し」のお葬式は、みのちんのおじいちゃんやクラスのいじめ役・望月の母親”望月ババア”のお葬式を兼ねたものでした。彼らの現実は、3つの脈絡のない対象をいとも簡単に束ねてしまいます。

手作りの位牌を並べ、彼らは神妙にお別れの儀式をします。みのちんが挨拶の途中で感極まって泣き出すと、子供たちからはふざけた気配が消え失せて、葬儀は本番さながらの空気に包まれるのでした。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆いとう せいこう
1961年東京都生まれ。
早稲田大学法学部卒業。出版社の編集を経て、音楽や舞台、テレビでも活躍。

作品 「ボタニカル・ライフ」「ワールズ・エンド・ガーデン」「解体屋外伝」「存在しない小説」「想像ラジオ」など

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『小さい予言者』(浮穴みみ)_書評という名の読書感想文

『小さい予言者』浮穴 みみ 双葉文庫 2024年7月13日 第1刷発行 表題作 「小さい予言

記事を読む

『ニワトリは一度だけ飛べる』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ニワトリは一度だけ飛べる』重松 清 朝日文庫 2019年3月30日第1刷 この物

記事を読む

『日曜日の人々/サンデー・ピープル』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『日曜日の人々/サンデー・ピープル』高橋 弘希 講談社文庫 2019年10月16日第1刷

記事を読む

『variety[ヴァラエティ]』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『variety[ヴァラエティ]』奥田 英朗 講談社 2016年9月20日第一刷 迷惑、顰蹙、無理

記事を読む

『新装版 人殺し』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『新装版 人殺し』明野 照葉 ハルキ文庫 2021年8月18日新装版第1刷 本郷に

記事を読む

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』李 龍徳 河出書房 2022年3月20日初版 日

記事を読む

『オロロ畑でつかまえて』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『オロロ畑でつかまえて』 荻原 浩 集英社 1998年1月10日第一刷 萩原浩の代表作と言えば、

記事を読む

『鏡じかけの夢』(秋吉理香子)_書評という名の読書感想文

『鏡じかけの夢』秋吉 理香子 新潮文庫 2021年6月1日発行 「このゾクゾクがた

記事を読む

『熱源』(川越宗一)_書評という名の読書感想文

『熱源』川越 宗一 文藝春秋 2020年1月25日第5刷 樺太 (サハリン) で生

記事を読む

『今だけのあの子』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『今だけのあの子』芦沢 央 創元推理文庫 2018年7月13日6版 結婚おめでとう、メッセージカー

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーラの発表会』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『オーラの発表会』綿矢 りさ 集英社文庫 2024年6月25日 第1

『彼岸花が咲く島』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『彼岸花が咲く島』李 琴峰 文春文庫 2024年7月10日 第1刷

『半島へ』(稲葉真弓)_書評という名の読書感想文

『半島へ』稲葉 真弓 講談社文芸文庫 2024年9月10日 第1刷発

『赤と青とエスキース』(青山美智子)_書評という名の読書感想文

『赤と青とエスキース』青山 美智子 PHP文芸文庫 2024年9月2

『じい散歩』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文

『じい散歩』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月11日 第13刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑