『誰もいない夜に咲く』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『誰もいない夜に咲く』(桜木紫乃), 作家別(さ行), 書評(た行), 桜木紫乃
『誰もいない夜に咲く』桜木 紫乃 角川文庫 2013年1月25日初版
7つの短編は、過疎、嫁不足に悩む農村、かつては漁業で栄え、今は輝きを失った地方の町、そして大都市・札幌・・・・・、舞台は違えども、いずれも北海道ならではの風景や季節の移ろいの中に立つ「強い意思」を持った「女」の物語です。
釧路は、漁獲水揚量の全国1位を十数年間連続で記録する道東随一の町で、水産都市としての繁栄を極めていました。しかし、1970年代の半ば以降、その隆盛は衰退の一途を辿り、今ではかつての賑わいは見る影もありません。
「海へ」は、釧路で生きる男女の物語です。千鶴は売春婦、健次郎は千鶴の情夫で元新聞記者ですが、今はパチンコ三昧の日暮らしです。千鶴は、健次郎の横顔の美しさが好きでした。27歳という若さでのリストラに復讐まがいのフリー宣言をした健次郎ですが、それも宣言だけで終わろうとしています。
加藤は馴染の客で、毎週のように千鶴を指名します。50歳半ばで、水産会社を経営しているというのですが、加藤には港町の商売人らしいハッタリも山師の気配もありません。落ちくぼんだ目や削げた頬は貧相ですが、文句や無理な要求をしない客でした。
そんな加藤から、千鶴は「専属契約」を持ちかけられます。事務所に取られる分やホテル代を考えると、囲った方が加藤にはかえって安上がりかも知れないし、千鶴は半分の仕事で事足りることになります。話がうますぎて、千鶴はしばし返事を躊躇します。
彼女が加藤の申し出を受ける決心をしたのは、健次郎と過ごす時間を終わらせないために彼女が選んだ手段でした。健次郎が改心して、本を出すと言います。その現実味のない夢のために千鶴は加藤との契約を受け、無心した20万円を健次郎に渡すのでした。
この物語が切なくやるせないのは、千鶴だけではありません。物語のラストでみる加藤の姿もまた、哀しげで胸が詰まります。加藤は、千鶴に小さな嘘をついています。それを千鶴は目の当たりにしますが、嘘が小さすぎ、怒る気にもなれません。
・・・・・・・・・・
この小説に登場する女性たちは、誰もが強い女性です。自分の人生を自分で決める、強い意思を持った女性ばかりです。感情に流されず、醒めた目で男を眺め、自分の心の内を眺めます。官能のさなかにあっても、生きるすべを問い続けます。
「波に咲く」では、中国人の妻・花海、「フィナーレ」では、ストリッパーの志おり。「絹日和」の奈々子に、「根無草」の六花、「風の女」の美津江。誰もが強く、一人で生きることに迷いがありません。「プリズム」での仁美は(死体を捨てる土壇場まで)男以上に気丈夫です。
登場するのは、北の大地特有の景色や町に溶け込んだ名もなき女性たち。彼女たちの力強さは、北海道の風景の中にあってより一層際立った輝きを放ちます。雪に埋もれて閉ざされた牧場、夕景の橋に浮かぶブロンズ像とオオセグロカモメのシルエット、早朝の大通りやホテルから眺める札幌の街並み、川縁にある場末の安ホテル・・・。
桜木紫乃が言った言葉で、忘れられないものがあります。私は、いつもそれを思いながらこの人の小説を読んでいます。いわく、
「知らない人間は描けない」と。そして、もうひとつ。
「人は自分のためにしか生きられない」- という言葉です。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆桜木 紫乃
1965年北海道釧路市生まれ。
高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。
24歳で結婚、専業主婦となり2人目の子供を出産直後に小説を書き始める。
ゴールデンボンバーの熱烈なファンであり、ストリップのファンでもある。
作品 「氷平線」「凍原」「ラブレス」「ワン・モア」「ホテルローヤル」「硝子の葦」「起終点駅」「無垢の領域」「蛇行する月」「星々たち」「ブルース」など
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