『終の住処』(磯崎憲一郎)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『終の住処』(磯崎憲一郎), 作家別(あ行), 書評(た行), 磯崎憲一郎

『終の住処』磯崎 憲一郎 新潮社 2009年7月25日発行

妻はそれきり11年、口をきかなかった - 。

30を過ぎて結婚した男女の遠く隔たったままの歳月。ガルシア=マルケスを思わせる感覚で、日常の細部に宿る不可思議をあくまでもリアルに描きだす。過ぎ去った時間の侵しがたい盤石さ。その恵み。人生とは、流れてゆく時間そのものなのだ - 。小説にしかできない方法でこの世界をあるがままに肯定する、日本発の世界文学! 第141回芥川賞受賞作。(アマゾン内容紹介より)

随分と前に買ったまま読まずに(読めずに)いた本。8年が経っています。

皆が生きている現実の時間(または空間)と自分自身の「それ」との距離のことが書いてある - というのは、なんとなくわかる気がします。(共感や感動とは違うのですが)人というのは一筋縄ではいかないものだと。

30を過ぎて結婚することが、どこか「いけないこと」のように書いてあります。

(互いが)これと決めて結婚したわけではない結果、妻が時々不機嫌になる理由がわからない。(不機嫌ということではないのかもしれないが) 妻は突然、口をきかなくなります。

何がきっかけで妻がそうなってしまうのか。結局のところ、それは最後になってもわかりません。(夫である彼でさえそうなのですから、読者は尚のことわからない)

結婚してしばらくはまだよかったものの、ある日を境に、彼と彼の妻とは以後の11年間、ただのひと言も口をきかなくなります。

その長きに亘る間に、彼は幾人もの女性と浮気を重ねます。浮気のそもそもは彼が望んでするというよりも、むしろ彼と関わる女性の方からより積極的にもたらされます。

やがて妻は娘を産みます。彼は世間相応に娘を愛し、娘の存在にいたく癒されもします。家を建て、その後彼は単身で海外に赴任することになります。海外勤務を終え、彼が家に戻ると、娘は去年からアメリカへ行っており、「もうずっといないわよ」と妻が言います。

察するに、彼という人物は生来頭のデキがよく、何気に女にモテるくらいにカッコよくもあり、その上会社ではそれなりの立場にある、いわば理想を絵に描いたような男に思えます。

ところが、(はた目にはえらく順調で、妻とは別に何人もの女性と交際しておきながら)彼はそんな自分を幾分か卑下したように語ります。

何事もないようにして妻との結婚生活を続け、仕事は順調で、合間合間に浮気を繰り返し、って、

なに、これ?

真面目に読んではみたものの、よくよく考えれば、ただのインテリの自慢話ではないのかしら? そんな感じがしてきます。デキる男のわかったふうな話 - そんな話を読まされた気になります。

※これを書く前に慌てて芥川賞の選考委員会における各委員の選評を読んでみました。するとそこには村上龍のこんなコメントが載っています。何だかちょっとほっとしました。

感情移入できなかった。現代を知的に象徴しているかのように見えるが、作者の意図や計算が透けて見えて、わたしはいくつかの死語となった言葉を連想しただけだった。ペダンチック、ハイブロウといった、今となってはジョークとしか思えない死語である。

※ペダンチック - 衒学的な、学者ぶった、の意。むやみに難解な表現を用いたり、なまはんかな知識を振り回したりして、自分の学識をひけらかす態度をいう。
※ハイブロウ - 教養や学識のある人。知識人。また、知的で趣味がよく高級であるさま。

この本を読んでみてください係数  75/100

◆磯崎 憲一郎
1965年千葉県我孫子市生まれ。
早稲田大学商学部卒業。

作品 「肝心の子供」「眼と太陽」「世紀の発見」「電車道」など

関連記事

『東京零年』(赤川次郎)_書評という名の読書感想文

『東京零年』赤川 次郎 集英社文庫 2018年10月25日第一刷 殺されたはずの男が生きていた -

記事を読む

『逆ソクラテス』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文

『逆ソクラテス』伊坂 幸太郎 集英社文庫 2023年6月25日第1刷 僕たちは、逆

記事を読む

『翼がなくても』(中山七里)_ミステリーの先にある感動をあなたに

『翼がなくても』中山 七里 双葉文庫 2019年12月15日第1刷 陸上200m走

記事を読む

『誰にも書ける一冊の本』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『誰にも書ける一冊の本』荻原 浩 光文社 2011年6月25日初版   この小説は複数の作家に

記事を読む

『芽むしり仔撃ち』(大江健三郎)_書評という名の読書感想文

『芽むしり仔撃ち』大江 健三郎 新潮文庫 2022年11月15日52刷 ノーベル文

記事を読む

『庭』(小山田浩子)_書評という名の読書感想文

『庭』小山田 浩子 新潮文庫 2021年1月1日発行 夫。どじょう。クモ。すぐそば

記事を読む

『楽園の真下』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『楽園の真下』荻原 浩 文春文庫 2022年4月10日第1刷 「日本でいちばん天国

記事を読む

『報われない人間は永遠に報われない』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『報われない人間は永遠に報われない』李 龍徳 河出書房新社 2016年6月30日初版 この凶暴な世

記事を読む

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第1刷 女性の困窮と憤怒を

記事を読む

『相棒に気をつけろ』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『相棒に気をつけろ』逢坂 剛 集英社文庫 2015年9月25日第一刷 世間師【せけんし】- 世

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーラの発表会』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『オーラの発表会』綿矢 りさ 集英社文庫 2024年6月25日 第1

『彼岸花が咲く島』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『彼岸花が咲く島』李 琴峰 文春文庫 2024年7月10日 第1刷

『半島へ』(稲葉真弓)_書評という名の読書感想文

『半島へ』稲葉 真弓 講談社文芸文庫 2024年9月10日 第1刷発

『赤と青とエスキース』(青山美智子)_書評という名の読書感想文

『赤と青とエスキース』青山 美智子 PHP文芸文庫 2024年9月2

『じい散歩』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文

『じい散歩』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月11日 第13刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑